プロジェクト・ヘイル・メアリーのレビュー・感想・評価
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太陽が冷えゆく宇宙の彼方で友情を叫ぶ
王道の少年漫画っぽい話だ。今時、王道といっても単純な定義は難しいのだろうが、個人的イメージとして「壮大なミッション・選ばれた主人公・大胆な展開・熱い友情」このノリはなんかもうザ・少年漫画なのだ。
グレースが自分の意思に反して無理矢理ミッションの実行役にさせられた、というのはちょっと新しい。従来、救世主的な主人公は多くの場合自らの良心にしたがって自主的に自己犠牲に身を投じていた。そして、アメコミヒーローのような超人を除けば大抵家族や恋人がいて、その関係性から感動を呼ぶドラマが生まれていた。
一方本作には、グレースの家族も恋人も登場しない。一介の教師であるグレースには、人類救済に命まで捧げるという高邁な信念もない。
そんなグレースが、旅先の宇宙でミッション遂行の決意を固め、ロッキーと出会ってからは互いの故郷の星のためにとアストロファージの弱点解明に奮闘する。生物学者としての純粋な好奇心もそこにはあったかもしれないが、彼が頑張れたのは目的と孤独感を共有できたロッキーの存在があったからだろう。
ロッキーは奇跡的なほどに友好的で高い知性を持った地球外生物で、彼が生成するキセノナイトのお陰で二人は近距離での交流ができたし、タウメーバの捕獲もできた。その上彼は、ミッション中のトラブルで危険に晒されたグレースを満身創痍になりながら救ってくれた。
その後一度は別れたロッキーの危機を察知したグレースは、いちかばちかの決断をする。地球を発つ前には命懸けのミッションに尻込みしていた彼が、地球に帰れる状況だったにもかかわらず、ロッキーのためにブリップAに戻るのだ。孤独と絶望のさなかに出会い、二人きりで助け合ってきた彼らの絆の強さを感じて目頭が熱くなった。
だが、この決断が自己犠牲的なものだったかというと必ずしもそうではない気がする。地球での最後の扱い(強制的にミッションに投入されたこと)の記憶が蘇った影響もあるのかな、と思ったりした。地球を救いたいという思いは変わらなくとも、誰をもっとも救いたいかと考えた時、グレースにとってそれはロッキーしかいなかったのだろう。
二人のやり取りの微笑ましさを生んだのが、ロッキーの造形と可愛らしい動きだ。VFXか何かと思いきや、基本的にアニマトロニクスやパペットを使ったのだという。パペットに関しては、パフォーマーのジェームズ・オルティス率いる5人のチームで、文楽の技術を参考にするなどして動かしている。ロッキーの翻訳機の声もオルティスが演じている。
撮影現場にロッキーの実態と声があるという状況は、きっとライアン・ゴズリングの演技にもよい影響を与えたことだろう。
本作のティザーが出た頃原作を読んだが、今回は個人的には読んでおいて正解だった。普段SF小説にあまり親しんでいないポンコツ文系脳なので、予習なしにアストロファージとかペトロヴァラインとかタウメーバがどうのとか言われたら、それらの理解に脳のキャパシティを奪われて友情ドラマの側面をゆっくり味わえなかったかもしれない。
ただ、原作の段階で正直上手くことが運び過ぎなのではとひねくれた目で見る自分もいた(原作ファンの方ごめんなさい)。原作者のウィアーがちゃんとした科学知識のもとに設定や展開を考えているのはわかるが、たまたま出会った宇宙人があまりに善良で、ミッションに都合のいい技術を持っていて、サクサクと意思疎通できるようになって、といったところがあまりに楽天的な展開のように見えてしまった。
映画の方では小説の映像化の常で細かい描写は色々端折られて、SF描写は極力わかりやすいように単純化しつつ、グレースとロッキーの絆によりフォーカスした脚色がなされていた。
個人的には、ハードSF的描写を省いた映画の方が、ロッキーの大筋の設定は変わっていないのに何故かご都合感が薄まって素直に感動できた。何故だろう、ライアン・ゴズリングの演技の賜物だろうか。
この省略具合は原作ファンの中では賛否があるかもしれないし、実際省いたことでちょっと伝わりづらくなっているのではという部分もあるにはある。私の評価も原作未読なら違っていただろう。とはいえ、ハリウッド大作映画としてはこのアレンジが最適解(別の言い方をすれば実写化の限界)ではないだろうか。
晴れた空より、霧が好き。血が通ってる地球人より、岩みたいな異星人が好き。何より私は、ライアンが好き。
主演のグレース役、ライアン・ゴズリングさん目当てで鑑賞。原作は未読です。「ラ・ラ・ランド」を観てすっかり好きになってしまった俳優さん。笑顔が甘い♡そして軽やかで爽やかなところが好み。今作は2時間半たっぷりライアンを余すところなく味わえて、それだけで星4つは献上したい🤩
加えてサンドラ・ヒュラーさんの冷静沈着な上に一見非情な、でもやっぱり奥には血が通っている(かもしれない)矛盾に満ちた司令官役を堂々と快演!一気に映画に重厚感が加わります。
音楽はポップでいてどこかユーモアを感じさせるバリエーション。サンドラが壮行会で歌う歌の歌詞が沁みる。また3時間近い映画を飽きさせない緩急のある構成がいい。そして、この映画の大切な友だち、ロッキーの見た目ですが、目や口がどこにあるのかないのかもわからない、岩のクモみたいな見た目です🫣
でもでも、あら不思議😳
これが2時間彼と付き合っていくうちに、
笑顔なんかなくてもいい、目なんかパンちゃパンちゃしてなくたってコレでいい!!
って、愛おしく見えてくるのですから…。
私ももしグレースと同じ状況になったら、孤独より異星人と仲良くなる方を選びます🤫多分。
そして、彼の選んだ本当のラストが何より好き。
晴れた空より、霧が好き。
サムズアップはやっぱり👍より👎がイカしてる。
SF映画好きな方にはもちろん、エンタメ映画好きな方に広くオススメできる作品です♪
私は吹き替え版で鑑賞しましたが、字幕版でも観てみたいな。
あわせて原作も読んでみたくなりました。
知的探究とユーモアと温もりが絶望を打ち砕く
これは地球の命運をかけたミッションを描く超大作であると同時に、宇宙空間における一人芝居をいかにして成立させるかという映画的命題への挑戦である。過去には『月に囚われた男』『オデッセイ』など同様の特色を持つ作品もあった。だが、本作は何より知的探究を刻々と更新していく展開が魅力。「どうすれば地球を救えるか?」をめぐって人間味あふれるライアン・ゴズリングが柔軟に事象を受け止め、科学教師らしい分かりやすさで仮説設定と論証を重ね、生き残りの道筋を探していく過程は飽きさせない。さらに彼が「一人ぼっちではない」と気づく瞬間こそ最大の要。『レゴ・ザ・ムービー』でお馴染みのロード&ミラー監督が命を吹き込む”ロッキー”の愛らしさといい、全く同じ境遇下で育まれる二人の絆といい、思いっきり心を奪われる。宇宙空間の深淵を感じさせる闇と光に彩られた映像美も素晴らしく、大画面に包み込まれながら観るのに打って付けの一作だ。
“異星人遭遇SF”で10年に1本の傑作。IMXで堪能するスケール感も〇
SF映画のうち“異星人との遭遇”を扱うサブジャンルで見渡すなら、きっと10年に1本の傑作に加えられるはず。「2001年宇宙の旅」(1968)、「未知との遭遇」(1977)、「E.T.」(1982)、「コンタクト」(1997)、「アバター」(2009)、「メッセージ」(2016)。そして「プロジェクト・ヘイル・メアリー」もまた、未知の存在と出会うときの不安や好奇心、意思疎通がかなう驚きと喜びといった要素が、巧みなストーリー運びと圧巻の映像を伴って効果的に表現されている。
2021年に邦訳が出版されたアンディ・ウィアーの原作小説を既読の方は別として、事前情報少なめで鑑賞したほうがより楽しめるのは間違いない。というのも、ライアン・ゴズリングが演じる主人公グレースは冒頭、記憶喪失の状態でたった一人目覚め、そこから徐々になぜ自分が宇宙船の中にいるのか、宇宙航行ミッションの目的が何なのかを思い出していく。予備知識がなければそうした経緯や目的が少しずつわかってくる感覚を主人公に同化して味わえるが、先にあらすじや予告編で大枠の情報を得ているとそうした楽しみが若干損なわれてしまうから。
このサブジャンルで定番のキャラ設定や物語要素を少しずつ外しているのも巧い。主人公=ヒーローは自らの弱さを克服して大義のため危険なミッションに赴くとか、ミッションの責任者らは十分な説明と同意を経てメンバーを送り出すとか、高度な文明を持つ異星人は外見も洗練されているといったステレオタイプがほどよく外されていて、それが新鮮な驚きとおかしみを生んでいる。
内容に触れるのはこれくらいにとどめておこう。試写をグランドシネマサンシャイン池袋のIMAXスクリーンで鑑賞したが、このフォーマットにふさわしい壮麗さとスケール感を堪能できた。IMAX鑑賞が必須というほどではないにせよ、なるべく大きなスクリーンで広大な宇宙を旅する感覚を楽しんでもらえたらと願う。
それからビートルズ好きには、「Two Of Us」が絶妙なタイミングで流れる余禄もある。「Two of us riding nowhere(僕ら二人、あてのない旅)」で始まり、「We’re on our way home We're going home(僕らは帰る途中 家に向かっている)」で終わる歌詞が物語に合うのはもちろん、アルバム「Let It Be」収録曲の多くに通じる、バンド解散を予感させるさびしさや物悲しさが漂っているのも場面の雰囲気を盛り上げている気がする、というのはファンの贔屓目(ひいきめ)だろうか。
好きだけど、ちょい難もあり
原作は面白いけど、正直そこまで読みやすい作品ではなかったので、 映画で整理されたことでかなり見やすくなっていたと思う。
プロジェクト・ヘイル・メアリー
人格者ロッキー
好感が持てる作品
予想を裏切ることは何も起こらない予定調和の優しい世界
宇宙船内でコールドスリープから目覚めた男は、それまでの記憶を失っています。フラッシュバックする過去の映像で徐々に記憶を取り戻すともに、観客に状況設定の説明を進めていきます。映画ではよく使われる手法ではありますが、なんともまどろっこしい。話がなかなか見えません。
船の同乗者のふたりはなぜか死んでおり、生存者は彼だけ。自分に課せられた任務を思い出した男は一人で目的地を目指します。
主人公の若い男は実は天才科学者だったのですが、自説を曲げず権威を批判したため学会を追放同然に追い出され、今やしがない学校の先生という設定です。恋人にも見捨てられ、孤独な男のようです。
「人類を救うため一人の男が我が身を捧げる」というテーマの映画はこれまでも手を変え品を変え描かれてきましたが、今回は嫌がる男の強制拉致です。愛するものを守るため自ら進んで自己犠牲的行為を行って見せた過去作のヒーロー像とは異なり、本作はアンチヒーロー像。ライアン・ゴズリングのはまり役でしょうか。鼻にずり落ちた眼鏡から上目遣いにこちらを見上げるという独特の決め顔を連発しますが、いい加減見飽きました。ちょっとふざけた彼の一人芝居を延々見せられてお腹いっぱいです。
本作には2度の大きな危機が描かれます。まず1度目は地球の基地の大爆発。原因はngとmgで試料の量を間違えたこと。人類存亡の危機だというのに、アホすぎて開いた口が塞がりません。
2度目の危機はお定まりの船外活動。なにも起こらないはずはありません。でもそもそもその活動必要だったの?回収箱を取りに行ったりせずに、ウインチでで船内まで引っ張ればよかったのでは?必然性を感じないハラハラシーンの創作でした。
気の良いエイリアンと出会い、タッグを組み、困難を乗り越え、友情を温める。出会いからおしゃべりできるようになるまでもあっという間。なんとも優しい世界でした。地球では寂しい彼でしたが、やっと親友と巡り会えてめでたしめでたし。もう故郷に戻りたいとも思っていないようです。
SF作品ではエイリアンや宇宙船の造形が一つの目玉になりますが、本作のデザインには特に目を見張るものを感じません。相棒ロッキーもロッキーの星も星の住居も学校も全くの手抜きデザインに思えます。過去の名作SF映画のように、デザインでもっとワクワクさせてくれないと。さらに劇伴もいかにもという感じで、目新しさを感じません。主人公の生まれた年は知りませんが、やっぱりビートルズマニアです。ジジイじゃあるまいし。予想を裏切ることは何も起こらない優しく退屈な予定調和の世界を堪能しました。地球に宅配便で届けた最後の希望の宇宙アメーバが今度は人間を襲い出し阿鼻叫喚!くらいのどんでん返しがあれば笑えたのに。
リアルに見えるように設計された理想世界
本作は、映像表現とSF的ディテールの精度においては非常に優れた作品であり、特にIMAXでの鑑賞価値が高い一本であると感じました。とりわけ印象に残ったのは、タウ星系に到達した際、船外に出た主人公を包み込むように画面全体が赤へと切り替わるシーンです。あの瞬間、単なる視覚的な変化を超えて、観客の認識そのものが一段階切り替わる感覚があり、ここ最近観た映画の中でも飛び抜けて美しい表現でした。あのシーンだけでもIMAXで観る価値は十分にあると思います。
また、本作はSFとしてのディテール構築が極めて丁寧で、微生物の扱い、放射線の影響といった設定において、大きな矛盾や粗さを感じさせない点は見事でした。異星文明であるロッキー側も、地球より進んだ技術を持ちながらも放射線や相対性理論を理解していないという「非対称性」があり、完全な上位存在ではないという設計も非常に巧みです。こうした部分は、SFとしての説得力を強く支えていました。
一方で、物語の構造やテーマ性に関しては、やや理想主義に寄りすぎている印象を受けました。主人公とロッキーは、状況・目的・倫理観がほぼ完全に一致しており、対立や摩擦がほとんど発生しません。本来、異星人との接触には理解不能性や恐怖、価値観の衝突といった要素が伴うはずですが、本作ではそれらが徹底的に排除されています。そのため、ロッキーは「他者」というよりも、「理解可能な形に翻訳された存在」、あるいは主人公の鏡像として機能しているように感じました。
この構造は、例えば80年代のSF映画『第5惑星』のようにのように敵対関係から出発し、葛藤と摩擦を経て共存へ至るリアリズム的なプロセスとは対照的です。本作は最初から協調が成立しており、そこに至る過程が省略されています。結果として、倫理的な葛藤や「他者とは何か」という問いが深く掘り下げられる前に、物語が解決へと収束してしまうため、哲学的な余白はあまり残りませんでした。
主人公の人物造形についても興味深く、家族も恋人もおらず、社会的な結びつきが希薄な「孤独な存在」として描かれています。他のクルーたちがそれぞれ帰る場所を持っているのに対し、彼だけがそれを持たず、結果として“外へ送り出される側”にいる。この構造は、特定の属性というよりも、「関係から切り離された人間」という普遍的なテーマとして機能しているように思います。そして彼は、ロッキーとの関係によって初めて「相互に必要とされる関係」を獲得し、最終的には異星で教師として生きる道を選ぶ。この流れ自体は非常に美しく、感情的には強く響くものでした。
ただし、その関係性もまた、利害や不信といった現実的な要素を排除した「摩擦のない関係」として描かれているため、やや出来すぎた印象は否めません。全体として、本作は「もし他者と完全に理解し合えたらどうなるか」という理想を、極めて精密なSF設定によって成立させた物語であり、現実の人間関係や国際関係の複雑さを反映したものではありませんでした。
まとめると、本作は「リアルな世界」を描いた作品ではなく、「リアルに見えるように設計された理想世界」を提示した作品です。その意味で、娯楽映画としての完成度は非常に高く、映像体験としても優れている一方で、哲学的・倫理的な問いを深く追求する作品ではありませんでした。観る人によっては強い感動や希望を与える作品であると思いますが、個人的にはもう一歩、対立や他者性を掘り下げた描写があれば、さらに踏み込んだ作品になったのではないかと感じました。
鑑賞方法: IMAX
評価: 83点
思ったより軽い
原作未読。ファンの作家さんが推していて、SF映画とゴズリング好きなのでIMAXで鑑賞。今回はあまり(肉体的には)いたぶられてない気がする。その分精神的に追い詰められるシーンは多いが、あまり辛そうに見えない(苦笑
SF的な新基軸は、遠心重力ブロックが必要な時だけ母船とひも付きで相互に釣り合ってぐるぐる回転するところ。確かに母船を軸に構造物を常時回転させるのは強度を維持するのも大変かもで、なるほどと思った。
色々なSF映画をオマージュしているようで楽しい。異星のパートナー・ロッキーとの関係はインターステラーの海兵隊ロボを思い出すが(そもそも滅びゆく地球を救う方法を探しに旅する主題が同じ)、コミュニケーション確立のプロセスはハッピーターン、もといメッセージを想起させる。というか言語解析にコンピュータの支援を受けると似た絵になってしまうのはしょうがないか。
一人ぼっちの生活はオデッセイ、赤い宇宙服は2001年宇宙の旅。冷凍睡眠で積み込まれた主人公が船内で解凍されるところや、異星船との回廊設置のシーンは続編の2010年を強く彷彿させる。あれ自体、米国とソ連という異文明の接触がよく描かれていたな。(当時からマスターピースを政治で汚すな、といった批判があったが、私は好き)
未知との遭遇の5音階は出るかもと思いつつびっくりした。地球文明をモニタしていた設定なのかと一瞬思ったが、それよりロッキーの文明があの文明と遭遇したことがあると考えた方が面白い。
とトリビアルな感想はたくさん出てくるのだが、全体の強い印象はあまりない。大きいのは地球(太陽)の問題が将来の危機として限られた観察者の間でしか共有されないことで、一番比較対象として頭に浮かぶインターステラーと比べると、危機による焦燥や寂寥感が足りないというか、それっぽいシーンはあるが(特にプロジェクトリーダーの女性周りの描写など)、ゴズリングの演技がどうしても悲壮感よりは本人の運の無さへの同情や庇護心(かわいそかわいい)を刺激してしまう。
BR2049やフォールガイではそれがハマっていい味出していたし、本作もどちらかといえばバディもののライトコメディと捉えた方がよいのかもしれないが、本作では通底するムードの一貫性を欠くように感じた。ただ、ラストの明るさ、前向きさは彼にぴったりだったと思う。
大好き
スピルバーグのSF、エイリアンサーガ、2001年(ry、インターステラー、コンタクト、メッセージ、Dune、オデッセイ、など、宇宙や科学大好きな私はブチアゲ!ネオアミス的な主人公も逆にいい!媚びたエイリアンのデザインがないのも絶妙でした(某鼠会社に汚された宇宙家族最終サmや宇宙狩人の新作で出てきたモブ目のキャラデザ群どものなんと媚びていること!)。エイリアンとの友情を通して太陽系の存亡に立ち向かう今作は、主人公の背景にありがちな、人間ドラマで安い大衆SFモノにならず(アルマゲドン批判ではない)、感動と余韻に浸れる!ハカハカとパンフレットを読んでみると、より理解が深まった。細かいプロットは端折っているらしいので、さらに原作を手に取って読んでみようと思う。
タイトルなし(ネタバレ)
もっと深刻な映画かと思ったけどわりと陽気な映画で楽しめた。
30年の時間制限があって間に合うか気になったのですが、
常時1Gの加速で11光年離れた場所に行く場合の片道の時間ですが、
中間地点で反転して減速を始めるとすると、
宇宙船内の時間(固有時):約5.01年
地球上の時間(座標時):約12.79年
となり、30年で往復できそうです。
ただ片道分しか燃料がないので当初の計画通りだと人類滅亡してた。
でもあれだけ強力な新エネルギー源を見つけたなら、太陽が多少冷えても大丈夫じゃないかと思った。
異星人との(いろんな意味で)アツい友情
原作未読ですが、面白かったです!やっぱりSF映画はハッピーエンドがいいですね。今作の主人公グレースはちょっと変わり者の独り身で科学系ギーグって感じでしたがオデッセイの主人公もそういう感じでしたね……原作者の性格が反映されてるのでしょうか? だとしたら原作者、ちょっと偏屈者なのかなと思いました。笑
異星人ロッキーがたまたま善良だったのはご都合主義的だという感想もありますが、そもそも地球人の宇宙飛行士も優秀かつ善良な人物が選ばれるものだしそういうものでは? とあまり疑問には感じませんでした。ご都合というならたまたまアストロファージが星間航行を可能にする能力を持っていたこと、その技術で到達可能な範囲に天敵となる生物がいたこと、そのことに気づけたこと、たまたま鉢合わせたロッキーの種族が鉱物を思いのままの形に加工する技術に秀でていたことなど、いくらでも思いつきますしキリがないと思います。それはそれとして、地球人が最初に出会う異星人は体温マイナス150℃とかプラス270℃とかでなく普通にハグできる体温の生物だといいな、と思いました……だからこそロッキーが決死の覚悟でグレースを助けるところがグッときました。果たして自分だったら触れるだけで身体が溶ける呼吸不能の大気に身を投げ出し触るだけで肉が焦げる異星人を担いで医療装置に繋ぐ、などということが出来るだろうか……と思いました。最後、地球への帰還を諦めロッキーを救うために引き返すグレースにも目頭が熱くなりました。(アストロファージのおかげで星間航行がかなり容易になっているので技術開発次第で地球との往復は出来そうだし今生の別れにはならないのでは……?とあの時点で少し思いましたが)ラスト、グレースはロッキーと別れる前にもう少し友情を育み、ロッキー側の世界と交流してから帰還するのだろうと思われ、とても気持ちのよいエンディングでした。SFはこういうのでいいんだよ、こういうので。久しぶりに良いSF映画に出会えて、感謝です。
SFというよりおとぎ話でした
NASAだ ! NASAだ ! またもやNASAだ !
現実はアルテミス計画レベルなんですよね。有人月面着陸のチャレンジがやっとこさ。本日4月12日は、ガガーリンがボストーク3KA-2で世界初の有人宇宙飛行に成功した日。地球は青かった・・・。65年前のことです。
映画で宇宙を舞台にした作品を分類すると、大雑把に次のとおりでしょうか?
1.異星人あるいは生命体とのコンタクト、ときにバトル(防衛)
2.地球を救うためのミッション、学術調査、探索
3.地球からの脱出、異星の植民地化、移住計画
本作は 2 → 1かな。もっと言うと、宇宙空間を舞台とした友情物語ですね。
ロッキー、めっちゃいいな !
ロッキーにアカデミー賞優秀助演●優(性別不明)賞を !
原作未読。
星間移動のコールドスリープは映画界ではポピュラーになったけど、現実的にはあり得ない。アンドロイド開発の方がよっぽどポテンシャルが高い。でも、アンドロイドだったらロッキーとのコンタクトは難しい・・・。
レビュータイトルのNASA。本作でも国連を差し置いて目立ちまくりでした(笑)。
以下、お気に入り。
・フラッシュバックするシーンをインサート。ストーリーが際立つ !
・小型宇宙船ビートルズ We're on our way home ♪ We're on our way home ♪ We're going home ♪
・終盤のトロッコ問題。倫理ジレンマ。その選択が超気持ちイイ !
全911件中、1~20件目を表示
映画チケットがいつでも1,500円!
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