トイ・ストーリー5のレビュー・感想・評価
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あの頃、おもちゃが育ててくれたもの
デジタルデバイスの普及によって、子どもたちの遊び方も、コミュニケーションの取り方も、精神的な成熟のスピードも大きく変わった現代。
本作は、そんな時代に対する危惧や警鐘を描きながらも、デジタルデバイスを完全な悪として描かず、その便利さや、人と人をつなぐ良さもしっかりと描いていたところに好感が持てた。
今作を見て気づいた点が「想像力」の鍛え方。
子どもの頃は、矛盾や起承転結、オチなんて考えず、思うがままに空想の世界を広げて遊んでいた。
でも、その時間こそが想像力を育ててくれていたのだと思う。
想像力があるから、自分の言動で相手がどう感じるかを考えられる。
想像力があるから、何かを行動に移す前に、その先に起こり得ることを思い描くことができる。
そう考えると、子ども時代のおもちゃ遊びは、ただ楽しいだけの時間ではなく、人として大切な力を育む時間でもあったのだと今作を見て改めて感じた。
あの頃、私の想像力を育ててくれたおもちゃたち、本当にありがとう。
印象的だった点は、おもちゃたちが、自分たちの役割を理解し、その運命を受け入れた上で、それでも子どもたちの絶対的な味方であり続けようとする彼らの姿。あれは涙を誘ったし、とてもかっこよかった。
ただ正直に言うと、私は『トイ・ストーリー』シリーズにそこまで強い思い入れがあるわけではなく、特別好きな作品というわけでもない。
だからこそ、世間で絶賛されているほどの感動には至らなかった。
もちろん、決してつまらない作品ではない。
子どもから大人まで安心して楽しめる、親子で観るのにぴったりな一本だと思った。
バズ・ライトイヤー軍団に栄光あれ
冒頭、一体何をする気だと思ってしまった。穿った眼で見れば、こんな取って付けた伏線はないと思った。この新型バズ・ライトイヤー軍団はどんな役割を果たすのだろうか、と。
取りあえず、リリー・パッドの登場でデジタルパワーに翻弄されるオモチャ達。正直、その対決構造が主題だと思ってた。デジタルが悪者で、伝統のオモチャが子供の想像力を育てる正しい遊びを与えるものだ、みたいな論法になるのだろうと思ったし、その予想通りの展開。
かと思えば、デジタル機器にも栄枯衰退、自然淘汰あり、捨てられては消えていくのも、これまでのオモチャ同様。時には悪さもして、付き合い方次第で便利な味方。そして和解して大団円。短めの映画なので、その辺の展開がトントン拍子。そんな中、最高なのは冒頭のバズ・ライトイヤー軍団。
バズもデジタルの波に漏れず(忘れられなくてよかったね)まさかのWi-Fi搭載、そしてアップデートでドローンになるとは恐れ入った。ファームウェアの開発が遅れていたのかな? 本物同様、無限の彼方に飛んで行けるのでしょうか。法的に大丈夫なのかな? そしてクライマックスの大活躍。いやあ、オモチャの哲学よりも、こっちの方がなんだか感動した。
そして軍団は解散。寂しげな子供達の手に渡り、オモチャとしての本分に帰って行く。ジェシーも然り、キャンプ場で拾われたことを受け入れた軍団の一人と同様、子供達と共に生きることがなによりもオモチャの幸せなのだと。映画で大事な冒頭を任された故に、こっちの方が本編に思えてきた。
それはそうと、ウッディの活躍が思い出せない。ああ、バッテリー切れの作戦を発案したんだったかな。もしかしたら、出なくても良かったのでは・・・ま、まあ、既にジェシーに世代交代した後だということで。
悪くはない。ただ圧倒的悪者がいなくなって残念。
今まで1のシド(悪者というより不快感を与える存在だが)に始まり、作中で改心しないキャラクターがいることによってヘイトが悪者に向けられるいわゆるヒール役がいたので「あいつのせい」みたいな感じで矛先を向けることが出来たが、本作、デバイスが中途半端に理知的な存在なので間違ったことをしたと自覚したら自省をするので逆にフラストレーションが貯まってしまった。
入社当初イキってた新入社員が半年もして社会の理不尽を味わって拗ねてるような鬱陶しさ。その程度で折れるのなら初めから謙虚でいろよという感じ。
1を子供の頃に見てた世代としては、30年掛けて時代の変遷を辿ってきて今に至るので非常に面白いが、今の子供がこの作品を見て何を感じるのか。
セルフオマージュも多いので1からずっと見てる人には楽しめるポイントも多かっただろうが、5が初めてのトイストーリーなのだとしたら正直楽しめるポイントはかなり少なそう。
アラサー、アラフォーが純粋に楽しめるコンテンツではあったと思う。
スピンオフのようにも感じられてしまう
今回のシリーズ最新作で最も印象的だったのは、新キャラでもテーマ性でもなく、おなじみのキャラクターの「声」だった。カウガール人形のジェシーの声が、前作(『トイ・ストーリー4』2019年)から一段としわがれ、老け込んだように感じたのだ。空耳だろうか。ときにはおばあさんのような声にも聞こえて、軽いショックだった。声優を務めたジョーン・キューザック当人はまだ63歳だというのに。
そこで、さらに耳を澄ますと、これまで意識してこなかったウッディの声も、トム・ハンクス(70歳)の年相応に老けて聴こえることに気づく。改めて、このシリーズが重ねてきた年月の重みをしみじみと感じた。対照的に、バズ役を務めるティム・アレン(73歳)の方は、シリーズを通じて老いを微塵も感じさせない声をキープしており、ただただ驚くばかりだ。
と、ここでちょっと気になったこともある。ひとつは、おもちゃたちがエイジング処理を施されず、見た目にもくたびれた印象がないだけに、キャラによっては声とのギャップに違和感を覚えてしまうことだ。ちなみに今回、ウッディだけは経年劣化によって頭部が薄くなっているのだが。
もうひとつは、将来的にAI音声が声優たちの声を「若返らせる」ことによって、本シリーズが引き継がれていくことの是非である。ただし、今作でその手法に頼らなかったのは、声優たちに敬意を払う観点から賢明な判断だったと思う。
さて物語に目をやると、本作の背景は、シリーズ3作目でおもちゃたちを引き継いだ女の子が幼児から児童へと成長する移行期にあたる。ここではウッディとバズの名コンビは脇に回り、カウガールのジェシーが新たな主人公を務める。そして今回、彼女の立場を揺るがすヴィランとなるのは、女性の声でしゃべる最新タブレットのリリーパッドだ。
おもちゃ同士のやりとりを見ると、プロポーズにせよ結婚式にせよジェシーがバズを終始リードする。また、そうした旧来のおもちゃで遊ぶ子どもたちは女の子同士。…といったぐあいに女性中心で描く制作者の意図は一貫して明白である。
ただ気がかりなのは、もともと主役としてジェシーのキャラ立ちが少し弱いこと。そのせいで本作自体もどこかスピンオフのように感じられてしまう。
キャラ立ちの弱さは、今回初登場の「リリーパッド」にもあてはまる。映画後半で描かれるやや唐突な変心の一件もあり、彼女を新ヴィランと見なすにはいささか物足りない。シリーズ3作目の最凶テディベア「ロッツォ」ほどは望むべくもないが、もう一押し、強大なライバルだったらと思う。
そもそも今作には、リリーパッドのような最新デバイスから、旧型デバイス、昔ながらのおもちゃ、果てはトイドローンまで多種多様なアイテムが登場する。だが、モノは変われど、おもちゃたちの「使命」はただひとつ。「子どもたちが無心に遊びながら自ずと学び、他人とスムーズにつながれるようになること」なのだ。
おもちゃたちは、子どもたちが協調性や自制心を育み、社会的自立の土台を築くための手助けをする。そして個々のおもちゃには、子どもの成長過程に応じて異なる具体的役割が課せられている。やがて自分たちが不要になり、遊んでもらえなくなる日も早晩来るだろう。しかし怯えることはないと、おもちゃたちは悟る。互いの役割や在りようを肯定し、要不要/敵味方の別を越えて、おもちゃたちは共闘する……。
このグラデーションを帯びた「悟り」は、ストレートなメッセージ性を回避するということでもある。また、この「悟り」にはある種の諦念の影も差す。子どもには少々理解しづらいかもしれない。
そんな中で、ストレートに胸を打たれたのが終盤のワンシーン。黒人の女の子がおもちゃをわざわざ返しに来てくれたのに、元の持ち主であるボニーが逡巡してなかなか受け取ろうとしないところだ。思えば他愛のない「子どものいじらしさ」だが、それゆえシンプルに琴線に触れて涙がこぼれた。
ここで重ねて思い返す。シリーズ第一作は、CGアニメの限界を逆手にとり、まるでフライシャー監督の『ミクロの決死圏』のように、アイデアと脚本勝負で日常風景を未知の冒険世界へと一変させた。初めてアレを見た時の、理屈抜きのドキドキワクワクといったら。あの頃の感情がよみがえり、またも遠い目になるのだった…。
補足
1.馬で疾駆するバズ軍団は「『鄙より都会へ』を彷彿とさせる」というポストを見てナルホドと頷いたが、その場所を選ばぬ暴走ぶりは、記憶に新しいところで『WEAPONS/ウェポンズ』のラストも思い起こさせる。
2.トラックで運ばれるリリーパッド救出のここ大一番で、トイドローンの機能を有効にして悠然と空を往くバズ軍団。「なんや飛べたんかい!」「知らんかったんかい!」 「ほんなら馬いらんやろ!」とツッコミたくなった。もちろんセットアップが必要だったとはいえ、ちょっとズルい気がしないでもない。
3.本作のプレミア会場で、ランディ・ニューマンとテイラー・スウィフトが「You’ve Got a Friend in Me」をデュエットしている映像を見た。かつて“毒を吐く反骨の人”だった前者と“決して黙らない女性”の代表格である後者が、巨大なディズニー資本のもとで邂逅する。「これも時勢というものか」と「リア王」の台詞みたいなことばが頭に浮かんだ。
帯に短し襷に長し
(当然と言えば当然だが)基本的にディズニー映画は眠くならないが、今回は眠気をもようした。なぜか考えたときに、1のリメイクというには環境が違うし、新作というにはメッセージ性やストーリーが見飽きた感があるからかと思った。特に3のあたりから、作品の良し悪しはともかく、毎回自分の行動で(少なくとも過程は)状況が悪化するのに正義感だけで行動するおもちゃや、ヒステリックの如く子どもはもう愛して(遊んで)くれない→やっぱ子ども最高 みたいな流れが永遠繰り返され、名作に対してこんな事言うのは大それているとは思うが、もうこのテーマで映画を作るのは難しいのではないか?
スピンオフでDisney+で見るならよかったかも
もう流石に限界じゃないかな
映画は3まで見て4は駄作と聞いたので未視聴
久しぶりにディズニー映画を見に行きましたが、今作の主人公はウッディ&バズではなくジェシーでウッディに至っては記憶に残る活躍がありませんでした。
個人的にアンディの玩具である事に固執して行動するのがトイストーリーの物語の主軸と捉えて居たのでボニーの為に動くバズやジェシー達の動きに余り共感出来ませんでした。
1はバズと言うライバルが現れ敵愾心を抱きながらも協力して帰還を目指すと言う目的
2は自身の付加価値に気付き博物館に展示される事に優越感を感じながらもアンディの玩具としての使命感をバズに諭され帰還を目指すと言う目的
3は大人になったアンディが成長により玩具で遊ばなくなり、自分達の役目は終わったと寄付される事に甘んじていた他の玩具達と自分達は最後までアンディの玩具だと諭すウッディで、最終的にはアンディの元に帰還するが子供に遊ばれてこその玩具と言う価値観に転換し、ウッディも最愛のアンディと別れを告げ仲間たちとボニーの元へ行く事を選ぶ大団円
4は見て居ないので分かりません
5はデジタル化により子供達の関心が玩具に向かなくなりタブレットに夢中になるボニーに友達を作る為に奔走するジェシーとバズとタブレット
トイストーリー味をあまり感じませんでした。
ウッディは4で何があったのか持ち主なしの野良玩具になってますし、クローンバズ軍団はそのインパクトから記憶に残りますが、元祖バズの活躍もイマイチ記憶にありません。基本はジェシーとクローンバズ軍団のパートです。
ウッディに関してもやはりアンディへの執着が無くなった事で一番の個性を失った気がします。
仲間と一緒にいる為にアンディと別れたのに仲間と離れて変な奴等と放浪生活をしていてマジで4で何があったんだよ…ってなりましたね。
唯一良かったのは2で描写されたジェシーの持ち主エミリーの伏線が僅かに回収された事です。しかしイマイチ理解出来なかったのは、ジェシーが連れられた家はエミリーの家の筈なのにエミリーが全く描写されなかった事です。
エミリーは白人ブロンドの少女でしたが、ジェシーが連れられた家はヒスパニック系?の家庭で母娘揃ってエミリーの面影は皆無。
エミリーは何処に行ったのでしょうか?
てっきり娘の母親がエミリーでジェシーを見て懐かしむとかそう言う描写を期待していました。
ポリコレの影響で脚本を無視して無理やりヒスパニック系にした?とか邪推もしてしまいました。
残念だった所がお馴染みの仲間たちが活躍皆無だった所です。Mrポテトヘッド レックス スリンキー 豚の貯金箱 殆どが活躍なし1言2言喋るだけ
しかも声優も変わっている様に感じました。
映さなくても物語の進展に全く影響ないレベルで空気になっていたのが残念です。
やはり歴代トイストーリーは仲間たちと協力してアンディの元に帰ると言うのが醍醐味だったので長寿タイトルにありがちな初期の作風とガラリと変わってしまう言う展開になってしまいました。
ウッディはアンディの玩具と言う概念を失い玩具達のリーダーと言う個性も失い
バズはウッディの良きライバルでウッディに意見し玩具としての在り方を時に示す信念があるキャラだった筈が5ではジェシーの腰巾着、ジェシーの言いなりで、ウッディともジェシーが理由で再会後喧嘩をしだしたり…別キャラかな?と思いました。強い女ジェシーとそれに付き従う下僕男バズと言うポリコレ味を感じました。
やはり3までの私が知るウッディやバズでは無くなってしまいました。
アンディへの執念がやはりトイストーリーをトイストーリーたらしめていたと感じました。
新しい持ち主ボニーの為に玩具達がどんなに必死に行動しても説得力がありませんし共感も出来ません。
流石にここまでかな?と限界を感じました。
今回の物語の目的は変わって行く子供達の価値観の中で玩具達がボニーに友達を作らせると言う内容でしたが、、、
最終回と言う様な終わり方ではありませんでしたが次回作をやるとしてどうするつもり何でしょうか…
またボニーを大人にして違う子供に譲渡させる?(アンディ程深い思い入れも無いし感動も共感も出来なそう)
やはり綺麗に終わらせるには3で完結にするのが良かったのでは無いかと思いました。
もしくはボニー譲渡を無かった事にしてアンディの子供に引き継ぐとか…
とにかくトイストーリーにはアンディの存在が重要だったと気づかされました。
これでいいのだ
このシリーズは1作目をテレビでちょっと見ただけですが、予告編が気になったので鑑賞しました。
私は男の子と遊ぶことが多くて、ままごとや〇〇ごっこはあまりやらなかった(記憶に無いだけかもしれませんが)し、人形に名前を付けて話しかけたりはしなかったです。あんなにたくさんおもちゃを買って貰えて、アメリカの家庭はやはり日本より裕福でいいな、とも思います。
でも人形が嫌いなわけではないので、子供がいないおばさんである私の家の玄関や部屋には小さい人形たちが居ます。
そんなわけで、本作に対して懐かしいという感覚は無いのですが、それでもおもちゃたちがとても可愛く、面白かったです。
たぶん、このシリーズはこれからも続くのでしょう。テーマは大きく変わる事は無いだろうし、時代を取り入れつつもおもちゃとの関係は、これからも同じように描かれるのでしょう。
その時々の子供たちが観て楽しければ良いのですし、大人には、水戸黄門のように安心して観られる作品であればいいのだと思います。
「あなたは忘れても、おもちゃは覚えている」に対するベストアンサー
素晴らしかったです。
7月に入りましたが、いきなり下半期の自分的アニメ映画ランキングの1位に巡り合ったかもしれません。
私自身は前評判から敬遠してしまって同シリーズの4は見ていないのですが、1~3は子供の頃、親にねだってDVDを買ってもらうほど好きな映画でした。
タイトルにも書いた「あなたは忘れても、おもちゃ達は覚えている」という、このシリーズを表わすキャッチフレーズが好きなのですが、今回の映画はその完璧なアンサーを見せてくれました。
※この言葉を見た場所を覚えておらず、検索しても出てこなかったので出典不明です。
今回の映画でスポットライトが当たったのは、カウガールの女の子ジェシーです。
トイ・ストーリー2で初登場の彼女は、前の持ち主であるエミリーという女の子に手放されたことがトラウマとなっていて、そのことを想起させる出来事がある度に、過呼吸になる姿が過去作では印象的でした。
そんな彼女が、おもちゃが果たすべき真の役割を自覚し、本当の意味でトラウマを乗り越え、思いもよらなかった形で過去の救いを見つける。その一連のストーリーを追っていくうちに、知らず知らずのうちに目頭に熱いものが込み上げていました。
映画を見て、エミリーと直接再会することを期待していた私は、それを上回る見事な演出に震えました。
そして、そんな感動する要素が詰まった映画は、全く堅苦しいものではありません。
メイン以外のサブプロットも見どころ満載です。
たとえば、新世代のデバイスであるリリーパッドと、バズやジェシーを筆頭にしたおもちゃ達との争いは、お互いの弱点を見事に利用し合いながらとてもスピーディーに展開して、とてもハラハラします。
口げんかによるお互いの主張のぶつけ合いも、お互いの主張にうなずけるところがあり、「デバイスかおもちゃか」「リアルかネットか」という一筋縄ではいかない問題に逃げずに肉薄し……直接の言葉ではありませんが、映画の中の結論として、これが現状示せる一番よい答えなのではないか、というものをきちんとシーンで提示しています。
それは、結局はどちらも、子どもの「友達づくり」と「創造力の発展」を促すためのものでありやり方は違えどその点で争う余地は無い、というものでした。
リアルにもネットにも、友達を作り創造性を育むその契機は、十分にあったのです。
※あくまで僕自身の解釈です。
また、新型のバズ軍団の活躍も見どころです。
前シリーズでも名作映画のパロディがたくさんありましたが、今回も「キャスト・アウェイ」や「もののけ姫」、「地獄の黙示録」のパロを混ぜながら、唐突にこちらの笑いを誘ってきます。
そしてまさか、そんな彼らが最後、トイ・ストーリー1の名シーンのトリビュートをぶち込んできて予想外のところから感動で殴られました。
欲を言えば、ハムやスリンキー、レックスと言った旧来のキャラクター達の活躍も見たかったところですが、今回はあまりストーリーに絡んで来ません。
おそらく、そこまで描く尺がなかっただけかもしれませんが、これも、アンディの時代から活躍している彼らが、かつてほどバリバリ動けないことを通して、3のバスターのように分かりやすい変化はなくとも、ウッディの一連の老いの描写も併せて「おもちゃも老いる」ということが表現されているようでした。
そして逆に、それでも現役バリバリで動けているバズやウッディ、ジェシーの頼もしさが強調され、これからの彼らの活躍を予感させてくれました。
さて、長々と書きましたが最後に、見たところ4で活躍したキャラクターは、そこまで活躍していないようなので、「4見ていないからなぁ……」という人にもおすすめです。
伝説のじじい扱い
トイストーリーここにあり
前作、トイストーリー4が個人的にも色々思うところが多々ある仕上がりだった為に正直5はあんまり期待はしていなかった。
だが、そんな期待を本作は良い意味で裏切ってくれた。ちゃんと面白かった。
日本語吹き替えキャスト陣も棒読みなどは殆ど感じず、違和感なく演じられてて感心した。(まあ松井ケムリは若干怪しかったが…)
ただ最後のあのシーンは側から見ると普通に怪奇現象の類いでは?いやまあ実質怪奇現象はいっの事か…
とにもかくにも観て損はしない作品である事には間違いない。
観る前に言ったおきたいのは2は絶対に履修してから観た方が良い。絶対に。
以上
ジェシー救済の物語
賛否両論のトイストーリー4から5作目はどうだろうかという期待にきちんと応えた作品
冒頭のジェシーの過去でまず涙腺が緩んで、ボニーが友達にからかわれてジェシーを手放す時に涙腺が決壊
そしてトドメの一撃でリリーが娘にジェシーの名前をつけていたという事実で涙が止まらなかった
おもちゃはいつか飽きられてしまうというトイストーリーのテーマに1つの答えを提示してデジタルも否定しないという素晴らしい決着だと感じた
ボニーの成長を見られたのもとても良かった
ありのままで良いのってなんてあったかいセリフなんでしょうか
唐沢さんの声が若干枯れてた気がしますが、おじいちゃんになったウッディに合わせた演技なのかと思いました笑
これ以上泣くとアレなんで、6を作るならギャグ全開のザーグとバズの戦いとかにしてください
私が4ダメだった理由がよくわかった。
私が求めていたトイ・ストーリーが帰ってきたわ。おかえり。
4ではおもちゃたちのファンタジーを延々見せられ、ほぼ子ども不在のトイ・ストーリーにガッカリした。
でも今回はちゃんとおもちゃの視点を通して、子どもたちの成長が描かれてて、そうだよ、これがトイ・ストーリーだよって安心した。
タブレット端末の登場に、すわ悪役かと思いきや、デジタルデバイスを悪者に仕立て上げるような安直な物語ではなかった!結局は、デバイスをどう使うかは、本人次第でもあるんだよね。適切な時期に、適切に与えて使わせることの大切さ。子どもってまだまだ未熟だけど、自分で悩みながら新しいものに触れていくんだね。
今回はほぼジェシーが主人公と言って良い内容だったけど、もう、泣いたよ。ツライ思い出を抱えたジェシーへの救済が美しすぎた。
思い出に目を向ける時、見方ひとつで違った景色が見えるって教えてくれる。
1のオマージュも良かったし、子どもたちがおもちゃに飽きて卒業していくことを、すごく肯定的に描いてくれてて良かった。素晴らしいストーリーだったと思うので、もう続編は勘弁して欲しいw
【パンフレット】
読むの楽しみ!声優さん豪華だったのでキャスト一覧もっかいゆっくり確認したい。
全384件中、1~20件目を表示









