「『罪人たち』とは、本当は誰のこと?」罪人たち TRINITY:The righthand of the devilさんの映画レビュー(感想・評価)
『罪人たち』とは、本当は誰のこと?
禁酒法時代末期のアメリカ南部を舞台に黒人ゆえの悲哀と悲劇が寓意的に描かれたヒット作。
今年のアカデミーで史上最多16部門でノミネートされ話題になるまで作品の存在を知らず、昨年のロードショーをスルーしたことを後悔していたが、話題性や最終的に4部門でオスカーを獲得したおかげか再上映。遅まきながら無事、観賞にこぎ着けました。
禁酒法という制約に加え、差別的なジム・クロウ法やKKKによるリンチに黒人が苛まれた1932年のディープサウスに違法な酒場を構えた双子の兄弟とその従兄弟らが突如見舞われる一夜の惨劇。
率直な印象は『フロム・ダスク・ディル・ドーン』(1996)&『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(1994)フューチャリング『遊星からの物体X』(1982)という感じ。
ただし、単なるホラー映画ではない。ヴァンパイアからの唐突な襲撃は、時代や法律が変わってもさまざまな理由や手段で苦しめられ続ける黒人の歴史の暗喩となっている(たぶん)。
絶望的な状況をからくも生き延びた双子の兄スモークは、KKKの集団との無謀な戦いでせっかく拾った命を落とすが、それもまた繰り返される黒人の悲劇の寓意。
一方で、吸血鬼として現代まで生き続ける弟スタックの存在も、終わらない抵抗の苦痛を象徴しているように感じる。
スモークとともに人間として生還した従弟のサミーは厳父の戒めを聞かず、ブルース歌手として大成(作中にも名前が登場するデルタ・ブルースの伝説的な歌手チャーリー・パットンの半生がモチーフ)。
歌(ブルース)という平和な方法で黒人の悲哀と抵抗を表現し続けた老後の彼がヴァンパイアと化したスタックと対峙する場面もまた、意味深で寓意的。
謎多きファースト・ヴァンパイアのレミックは、おそらく17世紀の英国による母国の植民地化で迫害を逃れて渡米してきたアイルランド移民かその子孫。
黒人同様、被差別の歴史を持つアイルランド人の一部はこの地で成功を勝ち取り富を蓄え、いつしか産業的に黒人を搾取する立場に。
レミックがKKKの夫婦を襲い彼らと同化することがそうした歴史の暗示になっているし、サミーの音楽の才能に目を付け彼を吸血鬼化して勢力の拡大に利用しようとする目論見は、黒人音楽がビジネスとして成功しても結局儲けているのは白人という産業構造の揶揄になっているような気もする。
禁酒法時代に久々に味わう酒とサミーのブルースに酩酊して酔客が乱舞する幻想的な場面には、黒人のルーツであるアフリカの部族や現代のロックミュージシャンらの姿に混じって黒人同様、差別社会で呻吟した中国系の深層心理を反映してか、京劇俳優の姿も見受けられる。
もう一歩踏み込んでアイルランドの苦難の歴史にも触れておけば作品性もさらに深まったのではとも思うが、そこまでは高望みし過ぎか。
やはり最近になって観た『ワン・バトル・アフター・アナザー』(2025)や、『ボーランド暗黒SF 〈文明の終焉4部作〉』など寓意性の強い作品を観賞する機会が多かったせいか、つい深読みしてしまいがち。
いっぺん『俺たちのアナコンダ』(2025)みたいなおバカな映画も見て脳細胞ほぐさないと。
斬新な映画なのに吸血鬼を撃退する方法がニンニクや心臓に打ち込む杭に朝日と、わりとベタ。にも拘わらず、いちばん肝心なアイテムの筈の十字架はなぜか用いられず。
黒人コミュニティの厳格な宗教的規範からはみ出してアウトローの世界に踏み込む双子兄弟も、牧師の父に逆らって音楽で一旗揚げようとするサミーも、本作ではキリスト教のアンチテーゼ的象徴。
一方、彼らに襲い掛かる吸血鬼の集団は聖書の一節を高らかに唱えながら向かってくるなど、作品からは反キリスト教や反教会的な暗示も垣間見える。
タイトルが示す『罪人たち(原題 sinners)』とは、いったい誰のことを指すのだろうか。
