劇場公開日 2026年5月8日

「復讐という名の迷宮で、観客は「沈黙」の証言者となる」シンプル・アクシデント 偶然 けっちさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 復讐という名の迷宮で、観客は「沈黙」の証言者となる

2026年5月12日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

知的

斬新

本作は、イラン社会の抑圧的な背景を鏡に、「復讐の正当性」と「人間の根源的な善性」の境界線を鋭く描いた心理サスペンスです。
派手なリベンジスリラーを期待すると裏切られますが、静寂の中に潜む緊張感が感じられる映画です。

映像・演技・脚本について
ドキュメンタリータッチの映像は、観る者に「これはフィクションではない」という錯覚を抱かせます。
特筆すべきは、劇伴を一切排した音響設計です。スコアによる感情の誘導を拒絶することで、砂を掘る音、虫の声、赤ん坊の泣き声といった「生活の音」が、登場人物の苦悩を何よりも雄弁に語っています。
主演のワヒドによる、憎しみと良心の呵責に引き裂かれる演技は、言葉以上にその眼差しで物語の重層性を支えていました。

総評
「目には目を」という報復律が残る社会において、それでも「人を許すこと」ではなく「殺しきれないこと」を描いた点に、本作の真に人間臭い希望を感じます。スカッとする解決を求める方には向きませんが、人間の複雑な内面に深く潜りたい方、イラン映画の持つリアリズムに触れたい方には、今年屈指の「刺さる」一本になるはずです。

けっち