旅立ちのラストダンスのレビュー・感想・評価
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確かな目線で死を見つめ、主演二人の変化を紡ぐ感動作
コロナ後の香港を舞台に、借金返済のため葬儀業界へ鞍替えして頑張ろうとする主人公と、伝統儀式を執り行う道士が織りなす物語。いわば香港版「おくりびと」というべき本作は、冒頭から描かれる独特の風習が観る者を強く引き込む。ふっと笑みがこぼれる場面もあるにはあるが、しかし死を真正面から扱った目線にはブレがなく、むしろ作り手が観客と共に呼吸を合わせこの題材へ踏み込んでいくかのような確かさを感じる。はじめは利益を出そうと躍起になっていた主人公もやがて成長する。「本当に大切なものは何か」を体得し、故人や遺族の思いに寄り添った判断ができるようになっていく姿は非常に感動的。その変化を受け、道士の家族のわだかまりや、男性中心の考えに縛られた伝統そのものに切り込んでいく後半の流れも胸を打つ。そして特筆すべきは、実直で温もりあるダヨ・ウォンと、泣く子も黙る喜劇界の伝説、マイケル・ホイ。二人の名演を胸に焼き付けたい。
事業譲渡につきもれなくペアリング道士もらえます
齢80絡みの葬儀屋が年下の知人男性とテラスで落ちあい会社譲渡をきめる。香港の葬儀の主流は道士とがっちり組んで破地獄スタイルだそうだ。破地獄てなに?
顔を出した道士のマン師匠も80越えで超ベテランの新参者イビり好きか思いきや、甘チョロい中年跡継ぎ息子にもさらに厳しい視線。知人トウサンはウエディングプランナー業をコロナで畳んだりの畳み職人で超苦労人。利に聡く懸命姿勢ながらも、籐椅子やら紙スーパーカーやら大チョンボ続きで道士からダメ出し続き。次いで大商いの幼児案件でも方針対立したりと先行きが険しかったが、セレモニーなし・冷蔵遺体真空パウチ納棺作戦中トウサンのワンオペ突入直前に師匠が助太刀に現れ超絶大惨事を免れ、徐々に信頼の血が通い始める。
トウサンの事業承継は総じて順調に進む。だがその裏で事業パートナーたるマン家内で娘との不和や息子の廃業と教育移住問題が重なり、修羅場で師匠の心臓と脳が急性で同時にズキュンされ半身不随生活へと陥る。
マイケル・ホイもダヨ・ウォンもはじめてだったが名演だと思った。話一つ一つはありがちでも、抵抗などできない。気持ちが切れることなく最後まで観てしまったのは、あと兄妹を含めて抜群に良かったから。ジョン・シュッィンもよかった。
素晴らしい映画でした。
この10年間に日本で公開された香港劇映画のマイベスト
1.はじめに:香港映画と私
❶1971年を皮切りに、出張や個人旅行で何度も訪れている香港は、アジアの中では、駐在していたタイに次いで、思い入れの強い地である。
①初めて香港の地を踏んだのは1971年12月で26歳。出張途中の単独ショートステイだったが、下手な英語をものともせず、当たって砕けろで、「プレイボーイ・クラブ」のバニーガールとの会話を楽しんだ記憶が懐かしい。
②最後は、1997年7月。150年に及んだ英国統治から、「一国二制度」の原理の下、主権が中国に返還され、特別行政区になった7月1日から9日後のことだった。6月30日には、チャールズ皇太子、江沢民国家主席、トニー・ブレア首相、李鵬国務院総理の出席のもと、盛大な返還式典が行われ、世界各国に中継放送された。この時の華やかな花火は今でも記憶に残っている。
❷映画も馴染み深く、これまでに観た香港映画は、今は無きショウ・ブラザーズやゴールデン・ハーベストの黄金時代(1970~1980年代)の作品から、中国資本に買収されて活気がなくなった近年の作品まで、数百本になる。
❸1997年の返還を歓迎する人はいたが、香港の未来について、不安を持つ人も多かった。
❹そして、返還から29年目となる今、国力を増した中国による統制が強まり、香港の民主主義は挫折し、民主化を求める政治的な自由も消滅してしまった。特に2020年に施行された「国家安全維持法」の影響が大きい。
❺ドキュメンタリーでは、『デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング(2020米)』や『時代革命(2021香港)』等、志と使命感のある香港人たちが、自由と民主主義のため、身の危険を冒して勇気を奮い起こして世界に発信した貴重な記録映画があるが、香港と中国では上映禁止となっている。
❻悲しいが、香港が元に戻ることはないだろう。
❼そんな中でも明るい話題はある。それが、新たに香港映画歴代興収No.1を達成した本作『旅立ちのラストダンス』だ。厳しく困難な状況下で、歯を食いしばって必死に頑張っている人達がいることを決して忘れないでおきたい。
2.マイレビュー::◆◆◆ネタバレ注意
❶相性:上。
★香港映画歴代興収No.1を記録した超話題作。
★内容も上出来で、この10年間に日本で公開された香港劇映画のマイベスト。
➋時代(登場する文書・スマホ・会話等から):2020年~2023年頃。
❸舞台:香港:九龍半島・紅磡(ホンハム)。
❹あらすじ:
①ウエディング・プランナーのトウサン(ダヨ・ウォン)は、コロナ禍で多額の負債を抱え、真逆の葬儀業者への転身を図る。
②トウサンの長年のパートナーであるメイユッ(キャサリン・チャウ)の叔父・ミン(チョン・プイ)が、葬儀社を営んでいるが、高齢のため引退を考えていて、後をトウサンに任せることにしたのだ。
③トウサンは様々な困難に直面するが、最大の難関は、共に葬儀を取り仕切る「葬儀道士」であるマン師匠(マイケル・ホイ)に認められることだった。
④利益や効率を優先するトウサンは、伝統と格式を重んじる昔気質の厳格なマン師匠と衝突して、2人の関係は最悪な状態からスタートする。
⑤絶対的な家長であるマン師匠の家庭は、5人家族だが、伝統と性別の役割に縛られて崩壊寸前だった。
ⓐ長男のパン(チュー・パクホン)は、父親から道士の家業を継ぐことを強要されており、強いプレッシャーと不満から家族関係に亀裂が生じている。同居している妻と息子がいる。
ⓑ長女のマンユッ(ミシェル・ワイ)は、幼い頃から父の行う儀式に憧れて修行をしていたが、「女性は汚れているから道士になれない」という男尊女卑的なしきたりに阻まれ、家庭内で冷遇されている。自分の腕や情熱を否定されたマンユッは、死者を弔う父親とは反対の「生者を救う救急隊員」になる。仕事現場では男女の関係なく、的確な判断力で人の命を救うプロフェッショナルとして厚い信頼を得ている。
★現代社会の自立した女性であるマンユッは、仕事で如何に優秀であっても、家では最も冷遇され、尊厳を傷つけられている存在。やる気のない兄パンが、男という理由だけで跡継ぎとして優遇されているのに、自分は存在すら軽視されていることに、深い孤独と怒りを抱えている。
⑥当初はお金のために割り切っていたトウサンたが、様々な遺族の悲しみ、そしてマン師匠一家の葛藤に深く関わるうちに、道教の伝統儀式「破地獄(亡くなった者の魂を地獄から救い出し、生まれ変わらせるための激しい舞いの儀式)」の本当の意味に気づいていく。
⑦トウサンは「道士は死者を弔うが、葬儀屋は生きている者の魂を救うのだ」と悟り、遺族やマン師匠の家族の心を救おうと奔走し始める。
★マン師匠一家が抱える呪縛を解くことが、結果としてマン師匠の願い(=家族の幸せ)に繋がると考え、敢えて、しきたりへの介入を始めたのだ。
⑧ある日、厳格だったマン師匠が病に倒れ、トウサンや家族の支えも虚しく、他界してしまう。
⑨最大のクライマックスが、マン師匠の葬儀。
ⓐ伝統のしきたりでは、息子が道士として父の「破地獄」の舞いを執り行うべきだった。
ⓑしかし、トウサンの計らいと、お互いの痛みを認め合った兄妹の決意により、伝統のタブーが打ち破られる。
ⓒ道士の衣装を身にまとった娘のマンユッが、兄と共に祭壇の前に立ち、父のための「破地獄」の美しい舞いを完璧に踊りきる。
★「破地獄」は、激しい炎が燃え盛る中、剣を振り回し、瓦を叩き割るという非常にダイナミックで体力を要する儀式である。マンユッ役のミシェル・ワイはこのシーンのために何ヶ月も猛特訓を重ね、スタントなしで演じきったそうである。迫力満点のシーンだった。
★女性の立ち入りを拒んできた古い伝統を乗り越え、兄妹が力を合わせて見事なラストダンスを捧げたことで、マン師匠の魂は救われ、同時に生きている子供たちも「性別の役割」や「家族の呪縛」という名の地獄から解放されたのだ。生者と死者の双方が救済を迎えた中で物語は幕を閉じる。
★兄のパンも救われた一人だった。本来なら妹がでしゃばったことに怒る筈だ。しかし、パンは自分が道士に向いていないこと、そして妹の方が才能と情熱を持っていることを誰よりも知っていた。その結果、妹が完璧に舞う姿を見た兄の目には、嫉妬ではなく、敬意と畏敬の念が浮かんだのである。
★トウサンは単にしきたりを壊したのではなく、死者を送る儀式を使って、生きている人間を家族の地獄から引っ張り上げた救世主の役割を果たしたのだ。
❺考察とまとめ
①かつてウエディングプランナーだったトウサンは、きらびやかな「生」だけを追い求めていた。
②それがコロナ禍で借金を抱えて、人生のどん底にまで落ち込んでしまった。
③しかし、葬儀屋として「死」に深く向き合い、マン師匠の家族の再生を見届けたことで、彼の人間性は大きく成長する。
④終盤、パートナーのメイユッに新しい命が授かったことが明かされる。以前のトウサンであれば、親になる責任を恐れて逃げ出していたかもしれない。しかし、多くの死者を見送り、遺族を救ってきた彼は、「命を繋ぐこと」の本当の尊さと責任を理解している。トウサンはメイユッに対し、これまでの身勝手さを反省し、一人の人間として、そして、これからの父親として、共に人生を歩む決意を固めたのだ。
⑤トウサンは借金返済のために始めた葬儀屋という職業を、「天職」として受け入れることになる。マン師匠から学んだ伝統への敬意と、元ウエディングプランナーとしてのプロデュース能力が融合した結果である。形式だけにこだわる古い葬儀ではなく、「故人を尊び、同時に残された遺族が前を向くための儀式」を執り行う、唯一無二の葬儀プロデューサーとなったのである。
★日本の「納棺師」と共通点がある。
⑥伝統的な道士たちは、「死者の魂を救うために地獄を破る」のだが、トウサンは、「生きている人間が今苦しんでいる地獄を破る」という独自の哲学を持つに至る。葬儀を通じて、傷ついた生者たちの「魂の相談役」になっていくことが示唆されている。
⑦もう一方の主人公であるマンユッは、トウサンの尽力により、父マン師匠の葬儀の場で、女性として初めて「破地獄」を舞う。それは、彼女自身がこれまで苦しんできた「男尊女卑」と「父親からの拒絶」という名の地獄を、自らの力で打ち破っていく姿であった。
⑧マン師匠の古い因習や家父長制等の時代は終わりを告げ、彼が命をかけて守ろうとした伝統は、娘のマンユッやトウサンという新しい世代の手によって、形を変えて継承されていくのである。
⑧ラストは、登場人物たちが、死がもたらす悲しみを超えて、夫々の心の地獄から解き放たれ、晴れやかな表情で前を向いて生きていく姿で幕を閉じる。温かい希望のあるエンディングである。
★本作は、陰鬱でタブー視されがちな「お葬式」という舞台を使いながら、最終的には圧倒的な「生への賛歌」として着地する構成になっている。
★作り手の意図は確実に伝わった。
❻謝辞:AIの活用:
①近年、仕事や生活にChatGPT等のAIを利用することが普及している。
②灰色のさび付いた脳細胞を持つ80歳の私も、今年から活用しだしたが、瞬時に答えが返ってくるので、大いに重宝している。
③今回は、上記❹と❺でGoogle-AIの情報を参考にした。ここに記して感謝の意を表したい。
❼トリビア:季刊「週刊文春CINEMA !」
①2022年春に創刊された季刊「週刊文春CINEMA !」は私のお気に入りで、現在定期購読している唯一の映画雑誌である。(かっては、「キネ旬」、「映画の友」、「スクリーン」、「ロードショー」他を購読していたが、終活ですべて処分した。)
②創刊2号の「2022夏号」から毎号、マレーシア出身で、大阪を拠点に活躍しているリム・カーワイ監督が「香港からの手紙」と題するレポートを寄稿している。
③今月発売された「2026年夏号」には、本作のアンセルム・チャン監督のインタビュー記事があった。
ⓐアンセルム・チャンの3作目の長編映画である本作が、香港映画興行成績の記録を塗り替える大ヒットになるとは全く想像出来なかった。
ⓑこれほど観客に受け入れられた理由
㋑人気俳優のダヨ・ウォンとマイケル・ホイの組み合わせの効果。
㋺配給会社エンペラー・モーション・ピクチャーズの宣伝チームの貢献。
㋩映画のテーマ「誰も避けられない生と死と向き合うこと」が多くの人の共感を呼んだ。
㋥本作を世界各地で上映した結果、コロナ禍以降、人々が生と死をより身近なものとして考えるようになった。
ⓒ現場では役者とのコミュニケーションも非常にっ重要だ。
ⓓ演出だけでなく音楽の使い方にもこだわりがある。
ⓔ映画とキャラクターに命や魂 を吹き込むのは脚本家や監督でけでなく、俳優やスタッフを含めたチーム全体の仕事だ。良い映画は、監督一人の力ではなく、チームワークによって生まれるのだ。
伝統と家族
香港映画歴代1位の興業収入でマイケル・ホイ主演と知り観に行きました。「旅立ち」が何を指すのか、「ラストダンス」って何だろうと思いながら…。すべての人が必ず迎える最期のとき、香港では「破地獄」と呼ばれる儀式で葬儀道士が舞う伝統があるそうです。その葬儀道士であるマン師匠役がマイケル・ホイでしたが、「Mr.BOO!ミスター・ブー」(76)以来久しぶり過ぎてわかりませんでした(汗;)。邦画では、伊丹十三監督「お葬式」(84)や滝田洋二郎監督「おくりびと」(08)といった葬式映画の金字塔的傑作があり、どちらもユーモラスな作風が面白かったので、今作もマイケル・ホイ=コメディタッチなのかと思いきや、伝統の格式と親子の確執が重々しく描かれていてちょっと意外でした。厳格な父マン師匠と娘(ミシェール・ワイ)や息子(トミー・チュー)との確執がラストダンスで昇華していくところが見所でした。もっとコミカルな方が個人的には好みかな…。
元気なマイケル・ホイの姿とマンユツの舞に感激
「ミスター・ブー」で大活躍していたマイケル・ホイさんの元気な姿を拝見して感激しました。今後も頑張って欲しいです。
ウエディングプランナーから葬儀業者に転職したトウサンの考え方や行動に、初めは全く共感できませんでした。しかし彼が、マン師匠(マイケル・ホイ)やその家族、小さな食堂を営む年老いた女性や葬儀を依頼する人々と接することによって、段々と変わっていく姿に感激しました。最初は、マン師匠とは折り合いが悪く衝突してばかり。この2人が打ち解けていく姿も良かったです。
「破地獄」という香港の伝統儀式を通して家族とは?伝統とは? ジェンダーというテーマを結びつけ、今を生きる私たちの生きづらさを描いている作品のようでした。終盤で、劇場内ではすすり泣きが聞こえてきて鑑賞者の私も感涙してしまいました😭。
マン師匠の葬儀で、トウサンの決断、兄の協力によってマン師匠の娘マンユツ(←キュートでした😅)が、破地獄の舞を出来たことは良かったですし、圧巻でした。
余談ですが「女人禁制」という概念は、どこの国でもあるのですね…日本相撲協会は未来永劫禁制にするのでしょうか?
人生は学習と修正の連続
「プロセキューター」で元気な姿を見せたと思ったら、今度は堂々主演クラスのご出演なマイケル・ホイ!
(立て続けで、どうした、何があった?)
予告編でもフライヤーでも、キョンシーみたいな服で舞っているけど、全然コメディーではありません。顔つきが知ってるマイケル・ホイと別人。
香港の葬儀事情が分かります。
死者の魂を送る「道士」とお葬式を取り仕切る「葬儀屋」の分業制で、道士と葬儀屋がペアで仕事をするのが一般的らしい。いまだにキョンシーみたいな道士が火を焚いて踊りまくる儀式をするんですね。
「道士」は死者のため、「葬儀屋」は生者のために、仕事をするのだ。
トップクラスの道士で、師匠と仰がれる立場のマン師匠だが、駆け出しの葬儀屋トウサンに言われてその通りだと気づく。
長男長女との関係でも、長男には道士の道以外認めず、長女には女は穢れているから道士になるのは論外と伝統に則り型通りをごり押しで異論は一切認めなかったが、何故そうなのか、考えたこともなかった。
業界人としても父親=家長としても自他ともに認めるベテランだが、長くやっていただけ、または技術を身に着けただけ、それですべてを知った気になっていただけ。
実は根源的なことや本質についてはまるっと思考停止しており何も分かっていなかった。
プライドが高いヘンクツ爺さんだが、これに気づいて遅まきながら修正しようとする。
この年でしかも高い地位にいるのに、さすがにゆっくりだが自分を修正していく素直さと謙虚さがあるのが素晴らしい。さすが師匠と仰がれるだけの人だと思った。
トウサンは一見して何だか胡散臭く、最初はチャラい金の亡者かと思ったが、いつの間にか遺族の心に寄り添う「善きプロフェッショナル」になっていた。
半年も前に亡くなった幼い息子の遺体の保存処置を希望する母に、彼女の悲しみを汲んで、狂人扱いせずきちんと向き合った姿勢は凄い。ワタシ、見ているだけで〇きそうでした。
(見かねて手伝うマン師匠の動じなさも凄い。尊敬します。)
この変貌の過程が割と唐突で、こちらも「どうした何があった!?」と思わないでもないが、見かけによらず元から深みのある人だったよう。ウェディング・プランナー業を畳んだ時も、従業員に給料を払うために家も財産も手放したと言っていたっけ、そういえば。
複雑な育ちで、それが大きく影響しているようなのが途中で分かった。
なので、「親の都合だけで子供を産むな」が信条となっているのでしょう。
マン師匠家族など見て、「生きている今が大事」と考えを変え、彼女との間に授かった子どもを産んでもらうことにする。(赤ちゃんが助かって良かった)
人は生きている限り学習して修正を重ねていくものなんでしょう。
(余談ですがダヨ・ウォンが1960年生まれでうちのダンナより年上でびっくり!)
死者に関わる映画なので、どうしても「命」についての重いエピソードが続く。
死者を送る道士の娘が救命救急医というのは笑い話のように聞こえるが、娘が父と父の仕事に憧れて、仕事や生死について考えていたからこその職業だろう。女性蔑視からないがしろにしてきた娘・マンユッの、プロフェッショナルとしての知識と経験を備えた、献身的な介護を受けて大きく考えを変えたマン師匠が、自分のお葬式で彼女が「道士」をすることを認め、確執あった兄妹が和解したのはベタだが良かった。
良い映画でした。
だけどタイトルが内容と合っていないような。
原題を生かして「破・地獄」だとエヴァとかオカルト物っぽいし、「ラストダンス」だと別れるカップルの恋愛話とか難病モノみたいなので、いっそ邦題はまるっとオリジナルでも良かったのでは。
そして、ポップコーン持ち込むのはお勧めしません。
吐きます。
いきなり洗骨😱
コロナ禍でウェディングコンサルティング会社をたたみ、葬祭業に転身したトウサン(ダヨ·ウォン)。ダヨ・ウォン65歳だって。見えない。40代だと思った。
葬祭業を営む恋人のお父さん(ミンさん)に弟子入りして、修行中。ゆくゆくはお店を引き継ぐみたい。
と、思っていたら、お店のオーナーは·····
香港の葬儀屋と道士(道教)の関係がとても興味深い。
日本でも葬儀屋さんの司会が「道士をお迎え」と言って、お坊さん登場となるので、とても親近感がある。
香港には上野の合羽橋みたいな葬儀屋街があるようだ。とてもユニーク。
道教の葬儀の儀式である「破地獄」の名手、マン道士(マイケル·ホイ(Mr.Boo))には息子と娘がいて、息子のパンは道士だが、自分は三流といじけている。息子の英才教育に熱心な美人の奥さんの尻に引かれて、肩身が狭い。なんとなく、三宅弘城に似た感じの俳優さん🤭
娘のマンユッ(ミシェル·ワイ)は救命救急士。とても素敵。
忙しい彼女は九龍名老火湯でお店を一人で切り盛りしているおばあちゃんをまるで本当の母親のように大事にしている。古風な家に生まれ、父親と仲違いしている負けず嫌いの彼女の心の中は複雑で、救急病院の医者と不倫している。
原題名でもある破地獄は剣を使った舞の儀式で、女人禁制。男性の道士しかやらないしきたり。もっとも、女性は道士になれないから、マンユッは救命救急士になったようだ。
伝統の継承と現代の大都市に生きる人間同士のジレンマと悲哀が描かれる。
きちっとまとまっていて、香港の新旧2大喜劇俳優の演技が素晴らしい。
国宝より好きだなぁ。
【参考】
女性救急救命士が活躍する映画
①アンビュランス(エイザ・ゴンザレス)
②マダム・ウェブ(ダコタ・ジョンソン)
③旅立ちのラストダンス(ミシェル·ワイ)
旅立ちのラストダンス
期待はずれかな・・・。
予告見るだけで、これはいい映画だってわかるときがあるんだけど、ちょっと期待外れだったかな。
主人公の葬儀屋が、監督は「おくりびと」好きなんだろうなって感じで成長していくんだけど、なにがどう要因になって成長したんだかがまったくわからない。
で、途中から主人公が変わったんかいって思うほど、ヒロインにフォーカスしていくんだけど、彼女や彼女の父、兄と、みんな謎の成長を遂げてしまうの。
映画ってのは誰かが成長するのを観るものだけど、あいつもこいつも成長してまうと、なにを見せられてるのかわかんなくなっちゃうんだよね。
なんかいろいろ盛り込み過ぎてとっ散らかっちゃった感じ。
まあ、人が死ぬ話だから、なんとなく涙は流れちゃうけど、それは悲しいだけで、感動とは違うんですよ(Byウエストランド井口)
ま、葬式のやり方のお国柄(?)を知っただけでもいいかな、たまったポイントで観たし。
香港の抱えるギャップと断絶
映画の冒頭、近代的な高層ビルが立ち並ぶ香港を上から眺めたカメラが屋内に入ると、そこでは道士が儀式を執り行っています。まるで時間が現代から一気に中世へと遡ったかのような、この冒頭のシークエンスに本作のテーマが凝縮されています。
それは一言でいうとギャップと断絶。
本作の中では香港が抱える様々な断絶が描かれます。
過去vs現在
過去vs未来
伝統社会vs高度資本主義社会
武(道士)vs文(葬儀社)
師匠vs弟子
先代vs後継者
人の心vs利潤
親vs子
兄vs妹
道教vsキリスト教
聖vs卑
生きるために心ならずも結婚プランナーから葬儀社へ転職した中年男の主人公。
不器用に失敗を重ねながらも真摯に歩み寄ろうとする彼の姿に、人びとは徐々に心を開いていきます。
一度死んだ人間を生き返らせることはできません。
世の中の変化の流れも誰にも止められません。
流れに逆らう父と娘。
流れに流される息子。
娘と息子の断絶を埋めたのは遅すぎる父からの手紙。
大事なことはちゃんと生きてるうちに言わないと。
香港にはいろんな弔いの形があり、古いしきたりが残っており、濃密な人のつながりも残っているのが分かり興味深かったです。日本はそういったものを簡単に捨ててしまいますので。
「母上はご健在かな?」
「いえ、亡くなりました」
「そうか、すぐに会いに行きなさい」
新人葬儀屋トウサンと道士マン師匠の出会いの会話が秀逸でした。
久々の香港映画良かったです
香港で、葬儀にこんな行事があるとは知らなかった。
香港映画はずっと見ているけど、こんな行事があるのは初めて知った。
しきたりや継続は大切なこと。
でも現代には合わなくなってきているのを、継続させていくためにはどうしたらいいのか、歌舞伎のような伝統芸にもあることなんだと思う。
最終的には兄弟仲も修復でき、継いだ葬儀屋も改心し、良かった。
葬儀の意味を考える
いつかはバスも終点に着くけれどそれまでの旅路は
娘役のミシェル・ワイが圧巻だった。
救急隊員として絶えず生死に向き合っている。
力が及ばない時もある。
だが彼女は患者の死に決して「慣れない」と決めている。
その強さと強さゆえの脆さ、苛立ちと優しさに惹き付けられた。
ラストの圧巻の姿には我を忘れて見入った。
美しかった。
トウサンの心の変わり方も、丁寧な描かれ方にうたれた。
最初の勇み足の失敗、顧客の心を無視してとにかく功をあせり一番大事なことを見落としていることに気づかない姿は、こちらが我が身を省みて痛いほどだった。忘れたくない。
物語としてはシンプルでわかりやすかった。
テーマも生死と家族という永遠のテーマ。
テーマは近いが邦画の「ほどなくお別れです」「おくりびと」とは描写が全く異なるのが文化の違いか、面白い。
主役のマン道士とトウサンは香港ではコメディアンとして有名だそう。
そんな2人だからこそ、香港の人々にはさらに深みがあったのかも。
ディレクターズ・カット版で20分長く、追加されたシーンが9つあるそうだが、どれもそれがあったからこそ物語世界により入り込めたシーン。良かった。
香港映画、涙腺崩壊。
【傑作】見どころがいろいろあり、感動的で良かった
70点ぐらい。感動系のヒューマン映画
死者とはなんて便利な存在なのだろう
私は死んだら無になると思っているので、葬式や法事に参加をすると、これは個人のためという看板を立てた残されたものだけのための儀式であると感じてきた。この映画を観てやっぱりそうだと思うとともに、亡くなった人の存在というものは亡くなったからこそ近くに感じたいと思えば近くにいるように思うこともできるし、あの人ならこう思うだろうかと思えばそのように思っていると考えることもできる。亡くなったからこそ、物理的にいないからこそ、もう会えないからこそ、もう何も生み出さず正解も不正解も作らないからこそ、その人のことを自分の思うままに近くに遠くに感じ、好きな時に語りかけることができる。以前と比べるとなんで便利な存在になったんだ、と思う時もある。
この映画を観てそれは大切な人で近くにいた人だったからなんだと思う。たくさんのことをわかっているからこそ、今もなおその人に語りかけ、話しかけられることを想像することができる。
これからもっとそのような人が増えていくのだろう。そして私が死ぬ時、誰の心の中に入ることができるのだろう。
バランスの良い秀作
香港の興行記録を塗り替えた本作は、主人公2人の演技が素晴らしく、鑑賞後にコメディアンと知り納得。ウッディ・アレン、ロビン・ウィリアムズ、ジム・キャリーなどコメディアン出身者は、人生の機微に触れる作品や印象に残る演技で映画ファンを魅了してきました。人を笑わせるのは泣かせるよりもはるかに難しく、彼らは人の心の機微が分かる繊細な感性や、心を打つ豊かな表現力を持っているのでしょうね。
葬儀業を継いだ主人公は、伝統と時代変化、家族の確執などに翻弄されますが、大切な人を亡くした人々の人生の岐路に立会うことで、自らの仕事の意義を捉え直し、自らも新たな人生を踏み出すことを決意します。
心揺さぶられる内容でありながら、香港映画らしい明るさもあり前向きな気持ちになれる秀作でした。
また、随所に自分がアジア文化圏の人間であることを改めて自覚する場面がありました。隣国の文化や生活を通じて自らのアイデンティティを知る、そんな鑑賞もできる作品です。
全76件中、1~20件目を表示













