「香港の魔窟と呼ばれる九龍城砦を巡って縄張り争いをするヤクザたちが全員カンフーの達人」という設定を聞いて「すげー面白そう!」と思うか「そんなのあり得ないでしょ!」と思うかで本作に対する評価は分かれるかも知れない。
自分はもちろん「すげー面白そう!」と思った側の人間である(笑)。
普通に考えれば武術の達人というのは人生を武術だけに捧げて修業に明け暮れたような人間だけが到達できる境地であり、毎日犯罪に明け暮れているようなヤクザが、ケンカ殺法みたいなものならともかく武術の達人なんかにはなれっこないのである。
しかし、本作に登場するヤクザたちは揃いも揃って超人レベルのカンフーの達人である。
なぜか?
それは彼らが武侠世界の住人だからである。
中国語圏には戦前から武侠小説というアクション小説の一大ジャンルがある。
日本の剣豪小説や忍者小説なんかとも通じるものがあるのだけど、要するに超人的な武術の達人たちが入り乱れて戦うアクション時代小説である。
そして、武侠小説のルーツの一つとされているものに、明代に完成したアウトローアクション巨編「水滸伝」がある。
自分が「水滸伝」を読んだのはもう20年以上も前であり、だいぶ記憶がおぼろげなのだけど(笑)、要するに百八人のアウトローが腐敗した国家権力に戦いを挑み、一人また一人と散っていく、痛快無比にして哀切極まりない一大叙事詩である。
そして、この百八人のアウトローというのが全員アメコミヒーローばりの超人なのである。
たぶんサノスの軍団にも立ち向かえるんじゃないかと思う(笑)。
話が横道に逸れるけれどちょっと例を挙げてみると、ハルクみたいな怪力の持ち主(魯 智深)、ホークアイみたいな弓の名人(花 栄)、フラッシュみたいに高速で走れる男(戴 宗)、アクアマンみたいに水中に何日も潜っていられる男(張 順)、ストームみたいに天候を操れる男(公孫 勝)etc.
こんな凄いヤツがゴロゴロいるのである。
彼らは百八の魔星が人間界に転生した存在だから超人的な能力を有している、という設定であり、アメコミも少年ジャンプも生まれていない15〜16世紀くらいにもうこんなファンタジックな奇想天外なヒーローアクションが中国では生まれていたのである。
ここでいうアウトローというのは、義理人情を重んじ、弱きを助け強きを挫くような熱い男(漢)たち(もちろん女もいる)のことであって、必ずしもヤクザというわけではないのだけれど、中国には古くから「水滸伝」に代表されるような、義侠心に富んだ超人的なアウトローたちが活躍する娯楽作品というものがあって、本作もその系譜に連なっているのである。
だから「なんでヤクザがカンフーの達人なの?」という問いはここでは意味をなさない。
彼らは武侠世界というある種のファンタジックな異世界に超人的なアウトローとして生まれついた存在なのであって、X-MENシリーズに対して「なんでミュータントって、すごい特殊能力を持ってるの?」と問うのが無意味なのと同じなのである。
とは言え、別に武侠小説とか「水滸伝」なんかをわざわざ持ち出さなくても、カンフー映画ファンなら本作の設定はすんなり受け入れられるものだと思う。
本作が中国の伝統的な武侠エンタメ文化の延長線上にあることをことさらに強調してしまったのは、本作がけっこうリアリスティックな香港ノワールとしての面も持っていて、ファンタジックな武侠映画の面とちょっとぶつかり合っていると感じたからである。
5,000万香港ドル(9億〜10億円)かけたという九龍城砦セットや、密入国者と黒社会の繋がりなど、絵空事ではない80年代から90年代初頭にかけての香港のリアルさが本作にはあり、そのリアルさが超人的なカンフーの達人が登場するファンタジックなストーリー展開と合わないと感じた観客もいたかも知れない。
自分も正直言って、気功によって体を鋼のように固くする敵キャラが登場したときは、ちょっとファンタジーすぎるんじゃないかと違和感を抱いてしまった。
でも本作は、ファンタジックな武侠映画とリアリスティックな香港ノワールが激しくぶつかり合い、そして最終的には見事に融合した作品になり得ていると思う。
それは監督の力量もさることながら、今や日本を代表するアクション監督と呼ぶに相応しい谷垣健治による見応えのあるアクション演出によるところが大きいのではないかと自分は感じている。
カンフー映画の殺陣は京劇の伝統に則っている部分がかなりあってちょっと大袈裟でまどろっこしいと感じてしまうこともあるのだけど、谷垣健治はカンフー・アクションが本来持っているケレン味を生かしながらも、リアルファイトを感じさせるキレのある演出で新時代の香港アクションを生み出すことに成功している。
谷垣健治の先鋭的でなおかつバランス感覚に優れたアクション演出があったからこそ、武侠映画と香港ノワールという似て非なるジャンルが一つの作品の中で融合することができたのだと言っても決して言い過ぎではないと思う。
さらに川井憲次が手がけた音楽もすごくイイ!
本作は映像も非常に洗練されているのだけど、川井憲次の音楽は本作のクオリティを一際洗練されたものにしている。
中国に返還後の香港は政府の締め付けが厳しくなる一方という感じで、香港映画界も活気がなくなっている気がしていたのだけど、本作を見る限り才能と気骨のある映画人がまだまだ頑張っているようで、これからも彼らが政府の圧力をしたたかにかいくぐって映画を作り続けてくれることを願うばかりである。
本作はカンフー映画の新たな地平を切り拓いたエポックメイキングな作品と言っていいと思う。
香港において空前の大ヒットとなったのも納得の出来栄えであり、そんな作品の製作において二人の日本人が活躍したというのは、子供の頃からのカンフー映画ファンとしてはとにかく嬉しい!