敵のレビュー・感想・評価
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人は最後に何と戦うのか
いくつかの映画賞も受賞されていた作品だったが、映画館では見ることが出来なかったので、配信で鑑賞。
最初はなぜわざわざ全編モノクロにしたのだろうという疑問を抱えながら鑑賞した。
なるほど、どこからが現実で、どこからが幻なのか、モノクロで描くことでその境目が曖昧になり、観ている私たちが“心理の世界”に入り込みやすくなっている。うまい世界観作りだと感じた。
またモノクロにすることで、主人公の人生の“色あせ”や、内面に広がる空虚さを視覚的に表現されているように感じた。
最初は朝食も丁寧に作り、部屋も綺麗に整い、丁寧な暮らしをしていた主人公が、徐々に人との接触が少なくなっていくにつれ、生活が雑になり、知らぬ間に孤独に蝕まれ、妄想を見るようになる。
物語を通して浮かび上がるのは「敵」は外にいるのではなく、主人公の内面にある恐れ・孤独・過去・老い・罪悪感などであるということ。
もし私も夫に先立たれ、1人で余生を過ごすようになったら、ああなってしまうのだろうかと怖くなった。
人は最後に何と戦うのか。
そんな問いを突きつけられるような作品だった。
老いたら身の程をわきまえろという圧力 ="敵”
「ただ生き延びるために生きるってことを、どうしても受け入れられないんだよ。」
「残高に見合わない長生きは悲惨だから。」
初老に差し掛かった私にこの台詞がぶっ刺さる。
ついこの前まで若手の部類だった自分なのに、急に定年のテンカウントが始まり、いつのまにか会社の期待も次世代に向けられるように。
狭い会議室で会議をした後など「おっさん臭」が残っていないか気になる。夕方になると発しているような、、毎日「石鹸」で身体を洗うのは必須事項。
定年後の仕事は「ツテから付き合いであてがわれないと」どうやら無いのだろうな。さもなくば若者といっしょにアルバイト?プライドが耐えられるか。(私は儀助と異なり耐えざるを得ないのだが)
身体も急にあちこち壊れだした。いつ何がみつかってもおかしくない。
若い女性に対する振る舞いも今まで通りだと「勘違いおやじのハラスメント」になり兼ねない。好意ではなく、単に私の立場に対して媚びているだけ、もしくは気を使っているだけであることを決して勘違いしてはならない。それこそ儀助のように「立場を利用したハラスメントですよね」と教え子から冷や水浴びせられかねないぞ。自戒せよ!
老いや死は少しづつやってくるのではない。気づいたらそこまできているのである。いつの間にか老いているのである。
それに対して自分の意識はまだ大学出て就職したときの気分。若手のまま。年を取れば中身も自然と大人になるわけではないんだな。はじめて知ったよ。
周囲の「老いたら身の程をわきまえろ」「慎ましく、ひっそり生きろ」という無言の圧力はこれからもっと強まっていくのだろう。
身体や見た目の劣化&周囲の扱いの変化 vs 自分の意識。このギャップが「北との戦闘」なのかもしれない。
気をつけないといけないのは「北による侵攻」はいつのまにか始まっているということ。
「イタイおっさん」と呼ばれぬために、身の程をわきまえ、シャワーも3日に1回と節約し、おしゃれなバーや食材やワインを嗜むなどはイタイ行動なので慎み、少ない年金と貯金でひっそり隠れるように生きて、ただ「来るべき北からの攻撃」に何ら抵抗せず早々に投降するのが正しい老いた者の在り方か。
なんだかくやしいな。
「ただ生き延びるために生きる」は私も耐えられない。私は人間であり、達観した仙人ではないのだ。
最後に儀助が北に向かっていった姿が脳裏に焼き付く。北との戦いに勝利することは決してない。でもだからといって。。
自分の生き方の矜持を考える。
吉川晃司の金言を置く。
「80までカッコつけて、『あいつ死ぬまでバカだったな』と言われたい。」
「元気でエロくないとしょうがないでしょう、人間は。俺は『理性は間違うけど本能は間違わない』と思っている。」
※前半はお腹が空いてくる。焼き鳥と蕎麦が食べたくなった。
※料理、洗濯物畳み、冗長なほどのキチッとした生活描写は何を現している?
※そういえば隣の席の観客が加齢臭、空咳、背中曲がりのコンボ。リアルに老いを感じた。
※現実と夢が錯綜する構成。何が現実で、どこから夢なのか、わからない。
※河合優美、ここでも登場!しかし魅力的な話し方。
※モノクロ映画は情報が限定されて集中できて良いな。
※長塚京三さんって、Wikiみるとパリ大学に6年間も留学していたと!フランス史教授の雰囲気も納得!
※SMAPの中井君、木村君と同じ年齢。だからかいつまでも自分も若いと思っていた。中井君の事件、、考えさせられる。。
「敵」は誰ものもとにもやってくる
儀助が見た敵とは何だったのか?
老いそのものか、または穏やかな老いを妨げる何かか。
映画化を知ってから原作を読んだが、「これ、どうやって映画にするんだろう?」というのが正直な感想だった。
まず、前半は儀助の日常描写、というより生活習慣の説明が、微に入り細に入りなされる。食事のこと、知己や親族のこと、家の間取り、預貯金、性欲、体調、野菜、諸々。映画と違って会話劇ではなくほとんど儀助のモノローグで、ひとつのテーマにつき7〜8ページの分量の章立てで淡白な日記のような文章が延々と続く。
確かに儀助という老人の解像度は4Kレベルに高まるのだが、話がわかりやすく動かない。ちょうど中盤にある「敵」の章あたりからようやく起伏が出てくるが、幻と現実のあわいをさまようように物語は展開してゆく。
この分じゃ映画はとっつきにくい仕上がりなのかな、という不安がよぎったが、意外と見やすかった。
原作で言葉を尽くして説明されていた儀助の生活上のこだわりが、ほぼ映像表現に置き換えられたことで随分すっきりした。言葉がなくても原作に近い印象が伝わってくるところは映像の力だ。
序盤の、丁寧に暮らす儀助の淡々とした日常描写は「PERFECT DAYS」を思わせる心地よいリズムがある(ただし生活費は全然違っていて、原作によれば儀助はこだわりや習慣のために毎月40〜50万出費している)。彼の食べる朝昼の食事がどれも美味しそう。
演じた長塚京三は儀助に近い79歳、パリのソルボンヌ大学で学んだ経歴を持つ。181cmの長身で、足が長くすらりとした立ち姿がインテリ設定に合う。儀助ははまり役ではないだろうか。
そんな彼が2回目の内視鏡検査(の妄想)で縛られて四つん這いになり、そのお尻に内視鏡カメラがちゅちゅっと吸い込まれるシーンは笑ってしまった。その後度々現れる妄想シーンも、いい塩梅のユーモアがあって楽しい。
そんなユーモアの向こうに透けて見えるのは、一見理性と知見で余生を御しているように見える儀助の人間臭い部分、あえて不穏当な言葉で言えば無様な部分だ。
彼はフランス近代演劇史の教授という経歴からくるインテリらしいプライドを持つ反面、自分を慕う教え子靖子に性的妄想を抱いたり、バーで出会った歩美に易々と金を渡したりと俗っぽい煩悩も捨てきれずにいる。普段はプライドによって抑え込まれている煩悩が、彼の妄想の中で顕在化する。筒井康隆によると、この妄想は認知症など病的なものではなく、あくまで儀助が"夢と妄想の人"であることに依るのだそうだ。
妄想に現れる亡き妻や現世の人々とのやり取りは、儀助の秘めた願望や後悔なのだろう。妻との入浴や、「フランス旅行に行けばよかった」という後悔の告白。終電までの時間で靖子を抱こうとするのも心のどこかにあった欲望だ。
旅行雑誌への寄稿を打ち切った出版社の社員犬丸の妄想での扱いは散々だ。打ち切り通告の席で、儀助のフランス語の返しを理解しなかった犬丸を、彼は内心嫌悪したのだろう。妄想の中で寄稿の継続を依頼しにきた犬丸は、鍋の肉を食べ尽くす傍若無人な人間として振る舞う。そして終いには儀助の知性を理解する靖子に殴り殺され、椛島の掘った井戸に放り込まれる(笑)。
そんな儀助も、最後は隣家の臭いおじさんと通りすがりの犬(名前がバルザック笑)の飼い主と共に、見えない「敵」に撃ち殺される。ここ以降は映画オリジナルで、ちょっとホラーチックなラストカットが秀逸。
筒井康隆は映画化にあたって、64歳の時に原作小説を書いたことについて「年をとるのが怖かったからでしょうね」とコメントしている。
その怖さの源を想像してみる。取り返しのつかない後悔を抱えることか。社会での役割を失ってゆくことか。年の功で日常をコントロールしつつ穏やかな余生を過ごしたいのに、不如意な欲望から逃れられないことか。
結局誰にとっても、現世の煩いや執着を手放して穏やかな死を迎えることは、かなりハードルの高いことなのだろう。物語中盤で病床に伏した湯島も、妻の前では寝たふりをしつつ、「敵」の影に恐怖しながら死んでいった。
今際の際まで惑い続け、意のままにならないものを抱えたまま終わってゆくのが大半の人間の人生なのかもしれない。
それがむしろ当たり前なのだと思っていっそ受け入れれば、死に方に対するハードルが少しだけ下がるような気がする。結局は、今を生きることに集中するしかない。
筒井御大のように理性的に恐怖と向き合う勇気のない私は、そのように開き直ってみたりする。
きちんとした生活に迫る「敵」
筒井康隆の原作ということで、現実と虚構が入り乱れるような内容なのかなと思って見に行った。原作は未読だったのだけど、概ねその予想は間違っていなかった。作品の前半は、老年期の元大学教授の丁寧な暮らしぶりを執拗なまでに見せていく。難解も麺類を調理して1人で食べるシーンを反復して、彼がきっちりとルーティンの中で生活をしている様を見せる。妻に先立たれ一人暮らしできちんとした暮らしをおくっている、日本家屋の住処も掃除が行き届いていて片付いている。
だが、一通の奇妙なメールがなぜだか彼の生活を狂わせていく。「敵がやってくる」という言葉を発端に不安に駆られるようになったのか、妄想と現実の境がなくなっていく。この感覚をモノクロの映像によって強化していたのが印象的。モノクロの白日夢感が、カラーでは出しにくい感じを作ってくれていた。主演の長塚京三氏は、老年期の見せたくない部分を見せながらも、威厳や清潔さを失わないところがすごいなと思った。彼じゃないと成立していない作品だと思わされる。
77歳の元大学教授に襲いかかる敵の正体は幻覚か、それとも。。。
妻に先立たれた77歳の元大学教授の儀助が、東京都内の山手にある古い日本家屋で慎ましく、日々のルーティンを守りながら暮らしている。とは言え、彼が焼く魚は美味そうだし、たてるコーヒーの香りがこちら側にも届きそうだ。何より、彼は枯れていない。時折訪れる教え子に密かな欲望を抱いたりしている。
ある日、儀助のパソコンに突然"敵がやってくる"というメッセージが届いて以来、彼の意識は一気に混濁していく。それは現実か、幻か。そして、敵襲来以前の日常はどうだったのか。儀助の混乱はそのまま観客にも伝染し、多くの人が感じる老醜の残酷という聞いたような結末に収まらない、衝撃のラストへと突き進んでいく。それは、筒井康隆の原作にもなかった映画オリジナルのアイディアだとか。観客を混乱させて、さらに異次元へと誘い込む脚本と演出に思わず息を呑んだ。
筒井原作に綴られた儀助の人物像はユーモラスで、やたら男性性器や性欲にまつわる記述が登場する。77歳でそんな?と思うわけだが、映画ではそんな主人公を長塚京三が演じることで、さもありなんと思わせる。何しろ長塚=儀助はエロくてかっこよくて、知的なのだ。気がつくと女性に覆い被さっているような、前のめりで痩せた身体にも妙な危うさがあり、それさえ魅力になっている。観ていて疑問に感じたところを後で誰かと話なくなる、対話に飢えた新春のシネフィル向き。
生きる指標になり得た凡作
歳をとると普通の生活も贅沢になってしまう、というのがヒシヒシと感じさせられた。寡夫の老いた元大学教授が主人公で、夏から春へと進む。
正直、開始3分くらいのイメージは『PERFECT DAYS』みたいだなとか、絶対最後死ぬなぁとか、カラーにしろよとか。でもどんどん個性が出てきた。
途中から元教え子の女が出てきて、老人も性欲あるんやとか思った。スパムメール多いよね、わかる。
スパムメールの中で「敵」という言葉が出てくる。そこら辺からかな、おかしくなり始めたの。
初めの方は夢と現実がごっちゃ(リアル)だったんだけど、段々と乖離し始めて観てても、あーこれ夢なんだなと分かってくる。「敵」が出てきたら夢。
と思っていて、主人公も分かってくるんですよ。だからこれ夢だなと思ってたら、ここホントに攻撃力高い。自分の事本当に嫌いなんだろうね。にしてもこういうの夢で見れるのって腐ってもインテリなんだなというか、フランス文学の権威なんだなと(女子大生に騙されるけど)
家も家で、地縛霊てか残留思念みたいなのか、妻とか祖父とか出てくる。妻に言った「歳をとると普通の暮らしも贅沢になる」とかプライドが邪魔をしていると認めた発言を聴いた時、全部繋がった、気がしたんだけどな。
歳をとるとキムチだって満足に食べれないし、若い頃みたいに好意をぶつける事だって憚られるし、処理する相手だって居ないし、でも、誰かが悪い訳じゃなくて、強いて言うなら一人でいる自分とか、そう感じてしまう感性や「プライド」とか、そもそも羽振りの良い暮らしをずっと続けられないような稼ぎだった事とか、そういうの、そういう事を自ずと感じてしまう、情けないけど他責思考で表現したら「敵」なんじゃないのかな。とか、思った。
しかし、本当に「敵」が出てきた。土にまみれた黒い野蛮人みたいなのが、住宅街で銃を打ち人を射殺し家にドタドタと上がり込んできた!
そこで、怯えて隠れるんですけど、あれ?死にたがってましたよね?そう、死にたがってたんですよ!ほな「敵」と闘うしかねぇな!?行ったー!!撃たれた。
僕なりの解釈ですけど、「生き延びる為に生きる」よりも、「敵」に立ち向かう事で待たない死というか、死へのスタンスを変えたのかなと。でもそれだけを表現する為にけっこう初めの方から「敵」要素出す必要あったか?なおかつタイトルまでにする必要あったか?と。(まぁ夢か幻覚かなにかなんだろうけどさ)
そのせいでよく分からないエンタメ映画みたいになったというか、ぶっちゃけほんとに家上がってきた「敵」要素が無くて、老いとかそこら辺、いわば味が落ちた人間を描いたら『老人と海』に並ぶような作品になったと思う。
その「敵」要素が酷過ぎて、あとおまけに映画シャイニングみたいな建物への残留思念みたいなのの要素も最後蛇足だったような気がするのでその振り幅のせいで0.5にしました。本当に高く評価しています。だからこそこの評価にしたい
まるでATGな作風で私にはつまんない
主演男優賞
素晴らしい〜
ってアカデミー賞でこの映画の存在を知り
Amazonのレンタルにて
フランス文学の権威である大学教授。
孤独な老人の毎日と、大学教授出会ったが故のプライドや
世間知らずさ
男性が長い一人で生活するうえで
良く言われる男やもめに。。。とは無縁な丁寧な暮らし。
几帳面な性格が現れている
が故の。
人生の最後に 自身のが故のがテーマになっていて
観ている物がそれぞれにどう感じるか
ただそこには俳優 長岡京三さんが生きてきた体に染み付いた体の溝(生きざまやシワまでもが)
2人がリンクしてより素晴らしい映画になっている。
最優秀主演男優賞は、吉沢亮に軍杯が上がったが
なかなかすんなりととれたわけでもない賞だったのが
この映画の鑑賞て感じさせられた。
映画の後半は、ほぼ妄想だとは思うのだが
妻への贖罪、男性の部分の本能、死に際になり人間らしさがでたのか。
アカデミー賞受賞応援で映画館でやって欲しい
そして見に行きたい。
サンサン劇場辺りの古き良き映画館で観たい作品でした。
朽ち果てるまでの見栄と切なさ
いち老人の日常生活を見せられてこりゃダメだと思ったが、瀧内公美や河合優美が出てきてからグッと引き込まれた。渡辺儀助の誇りと老いと見栄と寂しさ…。亡き妻のコートを抱く姿に切なさが込み上げた。
ゆめうつつの終盤は老いの疑似体験をしたような気持ちになり、思いがけず感情移入させられていたことに気付く。
自分の最期を自分で決めていた潔さと、現実と。
もっと年老いたときにもう一度観てみたいと思った。
迎え撃て、見えない敵を
日本映画専門チャンネルで鑑賞。
原作は未読。
老フランス文学者・儀助の日常生活が淡々と描かれる前半から、不思議な見応えがある。
モノクロ映像が色彩と云う情報を削いでいることで映像への没入を否応無しに促す。
没入しているが故、現実と夢の境が曖昧になるに従い、儀助同様にこちらまで混乱した。
儀助を取り巻く3人の女たちもそれぞれに魅力的で、モノクロに艶やかな華を添える。
「敵」とは何か。はっきりとは描かれないが、もしかしたら死のことではないかと思った。
普段は意識していないが、じわじわと、確実に迫って来ているものが死と云うものだろう。
儀助の日常が侵食されていく様子は、死が迫っていることを表現しているように感じる。
「敵が来る」と説くメールも、もうすぐ死がやって来るぞ、と云うことの暗示だろうか。
または、単純に「老い」のことかもしれない。
儀助は、実は認知症なのかもしれない。
様々な解釈が考えられよう。映画らしい映画を観たな、と云う余韻に浸っている。
頭がおかしくなりそうな展開
死ぬ迄に使いきれない石鹸と貯金残高
個人評価:3.8
敵とはいったいなんなのか。
たくさんのメタファーと共に不穏で湿り気のある演出。
冒頭からの主人公の丁寧な暮らしの描写に、自然とこの元大学教授の人間性に引き込まれる。
モノクロの映像と古い日本家屋が、なんとも長塚京三の演技に合っている。
死ぬ迄に使いきれない石鹸と、貯金残高に見合わない寿命。また枯れた古井戸など暗喩が張り巡らされ、敵とゆう影に平穏な日々が脅かされる。
敵は徐々に近づくのではなく急に現れる。死のメタファーが後半にかけて溢れて出す。
ヒッチ・コックの裏窓の引用。人間の中身はいかに下衆で恥ずかしいか。だがそこに面白味がある。夢の中に現れる願望がメタファーとして、教授の内面を物語る。
文学的な作品でした。
存在の耐えられない軽さ
第80回毎日映画コンクール(2026年1月発表)にて、最高賞である「日本映画大賞」を受賞、ということで楽しみに鑑賞。
原作があるので、テーマがわからなければ原作を読んでみてもよいのでしょうが... 中身が見えない🫥でも全てのシーンが印象に残る、不思議な映画です。
おしゃれな雰囲気、小津作品のようなモノクロも、元大学教授の主人公も。長塚さんピッタリです。趣きのある日本家屋、丁寧な暮らし、フランス文学、劇評の執筆などなど...
愛妻に先立たれ、子どももいないが、その分イケてるおじ様ぶりは健在。ある時は美人教え子とのおしゃれな関係、ある時はおしゃれなバーで、知人と会話を楽しむ。
でも現実は冷や水を浴びせる。
美人教え子との関係はどうやら妄想、バーで出会った若い女子学生にはとらの子の老後資金をまんまと騙し取られ、知人は病床に伏せる。
イケおじはただオロオロするばかり。
お金、健康。経済力も余命も確実に減っていく。
主人公がタヒのうとするそのあまりの短絡さと無理くりさに、不謹慎にも笑ってしまいました。
ブラックユーモアでしょうか。
この人にとって、あまりにも生は軽く、死も軽い。
多くを抱えてこなかった、恵まれた人生では、老いて必要な内面の筋力は鍛えられていなかったのか。
「敵」とは、なんでしょうね。
老いか、孤独か、死の恐怖か、自分の美学に反することか。
それとも妄想か、現実か、それらを生み出す自分そのものか。
本作が大賞という驚き。
選考する方々に、なにか刺さるものがあったのでしょうか。
特殊詐欺
渡辺は元教授、冒頭では誰の目から見てもしっかりした人の印象。
女性の口説き方も姑息だし、友人との会話で「人間ドックなんて行かなくても良い、病気を自ら作るだけ」と言いながら、血便が出た時にすぐに医者に罹ったりと、気の小ささがあり、凄く虚勢を張ってる人間に見える。
モノクロなので昭和時代と思ってしまうが、Macが現代である事を思いおこし、その不釣り合いなMacから敵が来るとメールが飛び込みそこから一気に渡辺の暮らしが変わる。
襲って来る敵なんて誰もいないし、何もありません。
暮らしの中にある偶然を無理やりこじ付け、頭の中に恐怖がいっぱいになったんでしょう。
エロ動画を観てて、急に10万振り込んで下さい。
振り込まなければ〜、と同じで、初めは気にしてなくても段々と不安に押し潰され入金してしまうと同じ。
作中に河合さんに300万を騙しとられるシーン、まさしく老人が今日カモになっている、ロマンス詐欺を皮肉った描写で、渡辺はもうお金は返って来なくて良いって、この期に及んでカッコつけて、なのに連絡先を聞こうとしている小さい渡辺。
ネットにより平穏な人生を崩され、カッコつけの渡辺が転落していく作品でとても見応えがあり面白かった。
この作品は観た人が色々な切り口で感想があると思います。
まあ感想は人それぞれと言う事で。
確かに大きくて古い屋敷に年老いて一人暮らしは何かと大変そう。
でもこんな広々とした家のキッチンで料理してみたいな。
モノクロが故に?焼き魚や素麺の美味しそうな色彩や匂いまでも伝わってきそうな作品。やっぱりクッキングヒーターの方がガスより安全なのかな?とか。
長塚京三は40年以上昔から観ている役者だが、とにかく綺麗なんだよ立ち居振る舞い全てが。なんと言うか気品とか威厳を感じる。シャワー浴びているシーンもなんか女優のヌードシーンばりにドキッとする。
とにかく綺麗に老いている、という印象。
そんな綺麗な気高き老人の残り少ない日常を「敵」が襲うという。
"夢を見ている夢"
フランス文学部の女子大生に出会えるところなんかが「いやぁ、わかるわぁ」と思った。
下心=トキメキだとするならば、何も性を伴う欲だけが下心ではないのですよ、きっと。話が合う(かのように振る舞ってくれる)人に出会えると嬉しいのです、歳をとるとね。
2026.1/8
朝から1合炊く男
混沌モノクロ夢と現実まさに筒井康隆
混沌モノクロ夢と現実まさに筒井康隆
期待値がかなり高かったけど期待を裏切ららず!品の良い元大学教授の素敵な暮らしぶりに途中まで「長塚京三は素敵。いつ筒井康隆っぽさでてくるのか?」と思いながら鑑賞。途中から夢と現実が交差し始め混沌の中ふと現実が顔を出す感じに。いやどこまで現実?妄想?北から来る敵って?ネット民?妄想ワールドに行ってしまった。筒井康隆✕吉田大八成功してると思いました
平穏から狂気へ——老紳士の生活が崩れ落ちる時
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