劇場公開日 2025年1月31日

  • 予告編を見る

「《最期まで友だちを拒絶するしかなかった》マーサの物語」ザ・ルーム・ネクスト・ドア きりんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0 《最期まで友だちを拒絶するしかなかった》マーサの物語

2026年9月5日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

·
すぐ隣の部屋にいるからね

『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』
(原題・The Room Next Door
/スペイン語原題同じ
・ La habitación de al lado)

用例:Estaré en la habitación de al lado.
〃すぐ隣の部屋にいるからね〃

これ、最初はすっごく良い題名だなぁと思ったんですよ。

どう?良い話でしたか?
どう思いましたか?
でも、僕は思っていたのとぜんぜん違った。

当初の期待⇒親友の二人がつかず離れず信頼し合い、温かく寄り添って、最期の時まで付き合い抜いたハートウォーミングドラマ「ではなく」、
この映画は友人イングリッドさえも拒んだマーサの「孤独の自死」についての、気落ちしてしまうエンディングだったのです。

僕はそう感じました。
見終わって呆然としました。

・・

マーサとイングリッド。
女の子ふたり。
つまり男女ではなく女と女の組み合わせ。

やはり付き添いや介助は、産んですぐに抱きとめて乳房を含ませてくれたあの柔らかい母性、そして女性でなければ
死んでいく同性の親友を抱きとめる事、そして寄り添う事は出来ないんだろうかなぁ。

「悔しいよ、僕は・・」と
映画を観るまでは勝手に思っていたのです。
男では欠格なのかと。

・・

僕はかつて特養ホームで勤めており、その夜勤の日、
夜を恐ろしがって夜っぴて叫び続ける90歳のおばあさんを
添い寝をして抱きしめました。
壮絶な絶叫を夜通しやるのです。

背中をゆっくりとさすり、首を抱き、頬ずりをして「よしよし怖くないよ」と、ずっと子守唄を歌ったのです。

でも、“お母さん”になれていなくては、あれは力不足の的外れ行為だったのかなぁ。
22歳の男子の僕でしたから。

・・

8月に叔父のホスピス入院を手伝いました、その流れで
・「彼女が選んだ安楽死」(迎田良子さんのドキュメンタリー)と本作
・「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」を続けて観たわけですが。

どちらも安直な優しさとか、寄り添い願望の親切心なんてものを打ち砕く厳しいものでした。

・・

【ドアというモチーフ】

「死は閉じることではなく、先に開くこと」―
有名な言葉です。

そして本作は
慣れ親しんだ普段使いの「ドア」をキーワード・モチーフにするから、その格言も、またこの映画のストーリーも、我々に大変によく分かる実感ものですね。

ドアが開いているか、
ドアが閉じているか、
それが主人公の二人のサインになります。

ドアと、明かりと、気配が お互いを繋いでいる訳です。

しかしドアは心のドアでもあります。
閉まっている赤いドアはマーサの心。
密閉するドアはマーサの態度。

「ドアとあの世」については他作「土を食らう十二月」、そして「マルティネス」で所感を書きました。それは閉じることも出来るドアを他者に向けて開放する所作についてでした。

けれどもこの映画は、他者に対して「ドアを閉じ切った結末を」衝撃的に私たちに示した。

・・

【性を乗り越える】

アルモドバル監督は、一貫してスペインの女たちの命と温かみと懐の深さを歌います。彼女たちの付き合いの良さを魅せてくれるのです。
けれども今作では彼はスペインの女を映画では使わずにアメリカの女たちの関係を描いています。

(これはステレオタイプな言い方ですが、今作でアルモドバルが狙ったテーマにはスペインの女は使えないと彼は見たのではないかと)。

ねぇ ペドロ、
きみは同性を愛するお方でしたね?
ならば、性が不問ならば、僕が死に行くおばあさんをお布団の中で一緒にくるまって、あの晩ハグした事も、無駄ではなかったですよね?

マーサはイングリッドが女だから彼女を選んだのではないように見えましたよ。

こちらから赤いドアを開けるのはダメですか?

Open our Doors .

どう思います?

・・

【PTSD】

音楽が本当に暗かった。
陰鬱の極みだった。

つまり、女の子ふたりの秘密基地での♡♡物語であるとか、微笑みの数日のストーリーとかでは全く無かった。

アルモドバルがこんなドイツ映画のような、あるいは北欧映画のような暗い会話劇を撮るとは思わなかったので、戸惑いもありました。

でも、アルモドバルがその作品でたびたび「スペイン内戦」と「傷」と「死者」を、折りに触れて取り上げるように、
=実際、内戦で虐殺された夫たちの遺体を女たちが土葬から掘り起こすシーンを撮ってきた彼ならば、

本作でも、マーサの最初の彼が「戦場PTSD」で炎に飛び込んで死んでしまったあの惨劇と、
その後にマーサが戦場カメラマンとなって、ボスニアやイラク各地で、幾たびも死とすれすれの現場を歩いて来たこと・・。
そして
・残虐な戦争と、殺戮と、遺体の山をその目で目撃してきてしまったこと・・。
・セックスしている時だけがやっと唯一の自分を取り戻す時間なのだと、登場した従軍記者がみんな口を揃えて言ったこと。

これらが映画後半の「自死」に繋がっていて、彼女の壊れてしまった様子に=物語の暗澹たる契機になっている事は確かだと
僕は思いましたね。

イングリッドは、マーサの第一希望ではなかったんですよ。
仕方なくイングリッドになっただけ。

「気配は感じたいけれど、
でも一緒にはいないでほしい」
この絶望がマーサの真意なのでした。

《寄り添われることを拒否しているマーサ》がとっても痛いです。
戦争PTSDとはこれ。

つまり「これ」です、起こっている事は
[ YouTube · ショーツ見る日
A Father Comes to Save His Son From Breaking Down Due to War ... ]

女二人の友情さえも壊してしまった「戦争PTSDの突きつけ」の、「これでもか!」というメッセージだったように思います。
この映画は。

死因は2つ。
がんと、精神の崩壊。

安楽死ではなく、自殺でした。

·

きりん
レントさんのコメント
2026年9月6日

きりんさんのドアに関する考察を読んでいて漱石の「こころ」をちょっと思い出しました。あれは襖でしたが。
ドアの開け締めの描写が友人同士の関係性やマーサの心理描写として見事に表現された作品でした。
戦場での体験がマーサの死生観を作り上げたのかもしれませんね。きりんさんのレビューを読んで本作の奥深さを再認識しました。深いレビューありがとうございました。

レント
きりんさんのコメント
2026年9月5日

レントさん、そうですね、
包み込むスペインの愛ではなく、「死は他人事なのだ」と覚めた目で見る視点だったように思います。

きりん