「レビューそっちのけで、オレのMichael PARTII」Michael マイケル しんざんさんの映画レビュー(感想・評価)
レビューそっちのけで、オレのMichael PARTII
2019年に世界興収9億ドル超の歴史的大ヒットとなった「ボヘミアン・ラプソディー」の製作グレアム・キング氏が、それを受け、マイケル・ジャクソン映画化権を取得。2022年にライオンズ・ゲートが正式発表。なるほど、つくりはよく似ている。名プロデューサーは抑えどころをよく知っている。関連作品をみても、割と作り手に寄り添った案件が多いように見えるところも素晴らしい。
「Michael/マイケル」
・
・
・
Michael Jacksonの遺産管理団体(Michael Jackson Estate)が全面的に協力したこともあり、公式公認のアーティスト・ポートレート的なものとなっている。歴史検証することが目的ではなく、「父親の束縛からの脱出、個人としての成長」、「なぜ世界中の人々がマイケル・ジャクソンに魅了されたのか」を、音楽とパフォーマンスを中心に描くことを優先した作品にとどめた結果になることはそれはそれでいい。幼年期のfeathery-timbred tenorなボイスを余すところなく再現し、ダンスシーンも素晴らしい。
特に父親役の「当時あるある」のしっかんと虐待の絶妙なバランスと演技、表情が最高だった。だが、本作の、ドキュメンタリーではない、劇映画としての見どころはある意味ここだけかもしれない。
さらに、「King of POP」たるMichael Jacksonを描くには、もう一つ、大きな光となる部分を描かないことには、もし仮に、今後「暗」の部分を描くことになろうとしても、「個人的な側面」だけをフィーチャーした本作だけでは不十分だ。
その光とは、Michael Jacksonという人物を語るうえで、彼の芸術家としての成長を理解する重要な要素とは、「他のミュージシャンとの交流」である。
本作の制約は分かる。暗の部分もそう描けないのもわかる。だが前述の通り、本作のプロデューサー、グレアム・キング氏は「ボヘミアン・ラプソディー」の実績がある。QUEENのFreddie Mercuryとマイケルは交流があった。細かい話は置いといて、QUEENのアメリカ進出への大きな橋渡しとして大きく貢献している。
ここはひとつ、グレアム氏にもうひと踏ん張り、ミュージシャン・ユニバースなるものを立ちあげて、
「Michael/マイケル PARTII」
・
・
・
周知のとおり、「We are the world」については、全く描けていないし、Paul McCartneyとの関係や、もう一人の「Queen」of POPのMadonnaとの交流も彼にとって、いやむしろMadonnaにとって、重要なエピソードだ。
ただし、これだと、単なるドキュメンタリー映画になってしまうので、その辺、頑張ってもらって、「The Godfather PARTII」のように、時系を交互しながら、その「光」を描いたうえで、「暗」も等しく描いてほしいところだ。
1996年のPULPのJarvis CockerがマイケルのEarth Songのステージに乱入した、自分を救世主(キリスト)のように見せる演出も「光」でもあり、「暗」でもある。
1995年、アルバム『HIStory』が制作された頃、マイケルは人生で最も苦しい時期で、児童性的虐待疑惑、メディア報道、タブロイド紙からの激しい攻撃もあわせて、人種差別や偏見への怒りをぶつけた「They Don't Care About Us」。
ぜひ映画で、今この時代に、思いを馳せたい。
オレは「レジェンド」という単語が嫌いだ。特にミュージシャンには。マイケル自身、そしてその交流関係のミュージシャンも唯一無二の存在である。そしてこの世を去ろうとも、いつも聞いている。「だからこそ」劇映画はパチモンに見えようが、モノマネに見えようが、そんなことはどうでもよろしい。
むしろ、Michael Jackson Estateから離れて、本人の楽曲は全く使われなくともいいから、「パチモン」だらけの「ユニバース」が見たい、と言ったら暴論だろうか。(だとして、
「They Don't Care About Us」が映画館で聞けないのは嫌だな)
