コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第156回
2026年6月26日更新


(C)佐藤久理子
今年のカンヌ国際映画祭で目立った現象のひとつに、映画の冒頭のクレジットでフランスの有料テレビ局Canal+(カナル・プリュス)のロゴが映し出されるたびに、会場から少なからぬ口笛のヤジが飛んでいたことがあった。海外からの観客には当初、なんのことかわからなかったかもしれない。だがこの現象は日を経るごとにヒートアップし、各作品の記者会見の質問にまで上るようになったのである。
というのもこの問題は、フランスのエンタメ業界を揺るがす事態に発展する可能性があるからだ。発端は、Canal+そのものより、その有力株主である実業家、ヴァンサン・ボロレ氏にある。フランス屈指のビリオネアで、メディアから物流、建築に及ぶボロレ・グループを率いる彼は、以前から強引な買収と右翼系の人事で知られ反感を買っていたが、Canal+の経営が悪化してきた2012年に筆頭株主となり、事実上運営をコントロールしてきた。そんな折、昨年9月に製作、配給も手がけるチェーン系の映画館UGCを2028年までに買収することを発表、これを機に映画人のなかで危機感が広まり、今年のカンヌ国際映画祭直前に、約600人の映画関係者による、ボロレ・ボイコットの署名が公表されたのである。
署名したなかには、ジュリエット・ビノシュ、アデル・エネル、アナ・ムグラリス、スワン・アルロー、レオス・カラックス、ドミニク・モル、アルチュール・アラリ、ロバン・カンピヨなどに加え、ハビエル・バルデム、マーク・ラファロ、ヨルゴス・ランティモス、アキ・カウリスマキ、ウォルター・サレスら、フランス以外の映画人も加わっている。カンヌ開催中にも署名者は増し、なんと2800人を超える数になった。
そんななか、Canal+のCEOであるマキシム・サーダ氏がテレビ番組で、「署名をした者とは我が社は仕事をするつもりはありません」と宣言したことで、事態はさらに悪化。今度は芸能界労働総同盟と人権連盟が、彼の「ブラック・リスト」発言に対して差別であるとして、Canal+に対する訴えを起こしたのだ。
これを受けてサーダ氏はブラックリストを否定し、「差別はしないし、映画人の仕事を奪う気もありません」と論調をやわらげながらも、「ただナチス呼ばわりされた後でお金をよこせと言われても、あげる気にはならないというものでしょう」と語り、「今後の投資はケース・バイ・ケース」と曖昧な発言をしている。
実際フランス映画の2本に1本はCanal+の投資を受けていると言われるなかで、グループの右傾化により、イデオロギーの異なるプロジェクトが退けられたり、ひいては表現の自由が制限される結果になることを業界人は恐れているのだ。しかもUGCの買収が決定すれば、企画の選別に始まり映画が完成して観客に届けられるまでのすべての段階を仕切ることとなり、ボロレ・グループの規模からいってもモノポールのような状態になることは避けられない。関係者にとっては、戦々恐々の事態といっても過言ではないだろう。
一方、この問題に文化大臣のカトリーヌ・ペガール氏は、いまのところはっきりとした声明を出してはおらず、政府が介入する気があるのかどうかも定かではない。おそらくは、来年の大統領選挙を控え、政権が混迷化しているなかで、それどころではないというのが本音かと思われる。
そんなわけで業界には、ますます不安なムードが広がっているのだ。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato









