コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第154回
2026年4月24日更新


今年のカンヌ国際映画祭は、昨年以上に日本人監督作品で盛り上がりそうな雰囲気だ。4月9日に発表されたオフィシャル・セクションでは、コンペティションになんと3本(是枝裕和、濱口竜介、深田晃司監督)。カンヌプレミア部門に黒沢清監督、ある視点部門にカンヌ初登場の岨手由貴子監督。
また併設の監督週間部門には、アーティスティック・ディレクターのジュリアン・レジ氏が「印象派のようなタッチできわめてユニーク」と称した29歳の新鋭、門脇康平監督の初長編アニメーション映画「我々は宇宙人」と、矢野ほなみ監督の短編アニメーション映画「エリ」の2本がエントリーした。コンペティションに3本というだけでも嬉しい驚きだが、トータルで7本というのは大健闘だろう。ベテランだけではなくカンヌ新参の若手監督が入っているところも頼もしい。ちなみにマーケット部門(マルシェ・ド・フィルム)は今年、日本がカントリー・オブ・オーナーだが、果たしてそれがセレクションにも影響しているのかは何とも言えない。
さらにこの原稿を書いているあいだに追加作品が発表になった。なんと合計16本増しで、そのうちコンペティション部門には、噂のあったジェームズ・グレイ(「Paper Tiger」)が追加。ある視点には4本、カンヌプレミアに5本、セアンス・スペシャル(スペシャル・スクリーリング)に5本、さらにセアンス・ファミーユ(ファミリー・スクリーニング)という謎の名目で初長編アニメーション映画1本。それぞれの部門に初長編とそれ以外が入り混じり、もはや部門の特徴が曖昧になっている。
今年のセレクションの傾向を見ると、アメリカ映画、とくにスタジオ映画の不在が挙げられる。昨年は「ミッション・インポッシブル ファイナル・レコニング」がアウト・オブ・コンペティションで上映され、トム・クルーズとキャスト御一行がレッドカーペットを盛り上げていたが、今年はそうしたハリウッド大作がない。とりわけ期待されていたスティーブン・スピルバーグ(「Disclosure Day」)やアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(「Diggers」)が入っていないのは残念だ。
さらに噂ではテレンス・マリック(「The Way of the Wind」)の名前も上がっていたが、こちらもなし。コンペティションのアメリカ映画はジェームズ・グレイとアイラ・サックスだけだ。代わりにヨーロッパ映画が多く、日本以外にコンペのアジア映画はナ・ホンジンの「HOPE」のみ。ファン・ジョンミン、チョ・インソンら韓国人俳優とマイケル・ファスベンダー、アリシア・ビカンダー、テイラー・ラッセルら国際色あふれるキャストがタッグを組んだ意欲作だ。今年の審査員長はナ・ホンジンの同胞、パク・チャヌクだが、果たしてどんな評価が下るだろうか。
イランのアスガー・ファルハディの「Parallel Tales」は、パリを舞台にしたフランス映画。イザベル・ユペール、ビルジニー・エフィラ、カトリーヌ・ドヌーブ、ピエール・ニネらフランスのスターが勢揃いした。ハンガリーのネメシュ・ラースローもフランスを舞台に、レジスタンスの指導者ジャン・ムーラン(ジル・ルルーシュ)を描く。他に「ONODA 一万夜を超えて」のアルチュール・アラリや「CLOSE クロース」のルーカス・ドン、大病から回復し9年ぶりの新作となったアンドレイ・ズビャギンツェフ、クリスティアン・ムンジウらが連なる。また栄誉パルムドールはピーター・ジャクソンとバーブラ・ストライサンドに授与される。
もっとも、今ジャーナリストのなかで話題に上がっていることは、たんにハリウッド映画の欠如というよりその理由だ。4月にアメリカで開催されるシネマ・コンや7月のコミコンに年々スタジオが力を入れるようになり、ヨーロッパの映画祭自体のステイタスが落ちていることが原因ではないかと言われている。彼らにとっては、わざわざ海を跨いで作家主義の色濃い映画祭に参加するより、自国でファンダム目当てに派手なイベントを企画し、SNSなど即効性の高い宣伝戦略を用いる方が実用的なのだ。そのうえ今年は政情不安が加わり、ロングトリップはコスト的にもシビアな状況に置かれている。
一方、フランスでは映像コンテンツにかかわる「クロノロジー・オブ・メディア」と呼ばれる特別な規制があり、映画は劇場公開を経てから配信などの二次利用形態までは一定の期間を置くことが義務づけられている。それゆえにカンヌでも、まず劇場公開されることを条件としているため、それに納得しない配信系の映画は選ばれない。Netflix作品がカンヌにない理由である。こうしたさまざまな理由により、ハリウッド映画が減少傾向にあると考えられる。
とはいえこれは、作品のクオリティとは関係ない話だ。スターが出ているか否かにかかわらず、素晴らしい作品は人を感動させる。メディアの側も、スターに左右されるのではなく良質な作品を発掘しサポートするという意識を持つことが、業界を健全に保つためにも必要と言えるのではないか。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato









